第5章 クリエイティブ・ブリーフ——勇者の再定義
朝霧が王都を包む早朝、クロートは宣伝局のオフィスで目を覚ました。
ソファで眠っていたらしい。首が痛い。前世の癖が抜けていない。
窓から差し込む薄い光の中で、クロートは昨夜書いたメモを読み返した。
【今日のタスク】
勇者パーティー全員のブリーフィング
各メンバーの「物語」を言語化
コアメッセージの策定
「まずは、素材集めだな」
顔を洗い、身なりを整えると、クロートは城内の食堂に向かった。朝食を取りながら、今日の段取りを頭の中で組み立てる。
◆
午前十時。
宣伝局のオフィスに、勇者パーティーの四人が揃った。
昨日よりは空気が柔らかい。クロートの「嘘はつかない」という姿勢が、多少なりとも信頼を得たのかもしれない。
「今日は、お前たち一人一人の話を聞かせてもらう」
クロートは、四人の前に椅子を並べた。
「昨日、アルトの物語を聞いた。今日は、残りの三人だ。セレナ、リゼット、ガルド。お前たちの過去、この勇者パーティーに加わった理由、そして——戦う動機。それを教えてくれ」
三人の表情が、微妙に強張った。
「俺は、お前たちの過去を否定しない。どんな過去があっても、それを『武器』に変える。約束する」
沈黙が続いた。
やがて、セレナが口を開いた。
「……まあ、私の過去なんて、街では有名だしね。隠しても仕方ないわ」
「聞かせてくれ」
セレナは、窓際に歩み寄り、外を見ながら話し始めた。
「私は、孤児だった。王都の貧民街で育った。親の顔なんて知らない。物心ついた時には、路地裏で残飯を漁ってた」
「……」
「十歳の時、盗賊団に拾われた。そこで盗みを覚えた。最初は生きるためだった。でも、そのうち——」
セレナの声が、少し低くなった。
「私みたいな子供が、貧民街にはたくさんいた。飢えて、凍えて、死んでいく子供たち。騎士団も教会も、誰も助けてくれない。だから私が助けることにした」
「義賊、か」
「そう呼ばれたこともあるわね」
セレナは肩をすくめた。
「貴族の屋敷を襲って、金品を奪った。それを、貧民街の子供たちに分け与えた。……まあ、犯罪は犯罪よ。何人もの貴族を怒らせた。指名手配された」
「なぜ、勇者パーティーに?」
「逃げ場がなくなったの」
セレナは振り返り、苦笑した。
「追い詰められて、神殿に逃げ込んだ。そしたら、そこにアルトがいて——神剣を抜いた瞬間を見てしまった。司祭に見つかって、『お前も勇者の仲間になれ』って言われて」
「断れなかった?」
「断ったら、騎士団に引き渡されるって脅されたのよ」
セレナは、アルトを横目で見た。
「最初は嫌々だった。でも、こいつを見てたら——なんか、放っておけなくなった」
アルトが、驚いたように顔を上げた。
「……俺?」
「あんたって、私と似てるのよ。何もできなかった、って顔してる。昔の私みたい」
クロートは、黙ってメモを取った。
【セレナの物語】
孤児として育った
盗賊団に拾われ、盗みを覚えた
貧民街の子供たちを救うため、義賊になった
指名手配され、逃走中に勇者と出会った
「放っておけない」という思いで、仲間に
次は、リゼットだ。
「リゼット。お前の話を聞かせてくれ」
黒髪の魔法使いは、フードを深く被ったまま、低い声で答えた。
「私の過去は、あまり語りたくありません」
「無理強いはしない。だが——」
「わかっています」
リゼットは、ゆっくりとフードを下ろした。長い黒髪が、肩に流れ落ちる。
「私は、『禁忌の血族』の末裔です」
ガルドの眉が、ピクリと動いた。禁忌の血族——その名前には、何らかの意味があるらしい。
「三百年前、この国には強大な魔女がいました。彼女は闇の魔法を極め、多くの人を殺しました。最終的に討伐されましたが——その血筋は、絶えていなかった」
「お前が、その末裔」
「はい。私の一族は、何世代にもわたって迫害されてきました。『呪われた血を持つ者』として。村を追われ、森の奥で隠れて暮らしてきた」
リゼットの紫色の瞳が、どこか遠くを見ている。
「両親は、私が十歳の時に死にました。村人たちに殺されたのです。『魔女の血を絶やすため』と」
「……」
「私は逃げました。そして——復讐を誓いました」
クロートは、リゼットの目を見た。
「今は?」
「……わかりません」
リゼットは、小さく首を振った。
「復讐しても、両親は戻らない。それはわかっています。でも、他に生きる理由が見つからない」
「なぜ、勇者パーティーに?」
「司祭に言われました。『魔王を倒せば、お前の罪も清められる』と」
リゼットは、自嘲気味に笑った。
「嘘だとわかっています。私の血は、清められない。でも——」
「でも?」
「この四人でいると、少しだけ、居場所がある気がするのです。おかしな話ですが」
クロートは、メモを取った。
【リゼットの物語】
「禁忌の血族」の末裔
両親を村人に殺された
復讐を誓ったが、目的を見失っている
勇者パーティーに「居場所」を感じている
最後は、ガルドだ。
「ガルド。お前の番だ」
元騎士は、腕を組んだまま、重い口を開いた。
「俺の話は、単純だ」
「聞かせてくれ」
「俺は、騎士団副団長だった。二十年間、この国のために剣を振るってきた。誇りを持っていた」
ガルドの声は、淡々としていた。
「三年前、団長の不正を知った。領民から搾取した金を、私腹に蓄えていた。俺は告発した」
「結果は?」
「握り潰された。団長には政治的な後ろ盾があった。告発した俺が、逆に『騎士団の名誉を傷つけた』という罪で除隊処分にされた」
ガルドの拳が、握り締められた。
「俺が信じていたものは、全て嘘だった。騎士団も、国も、正義も——全て」
「今は?」
「……わからん」
ガルドは、苦い表情で首を振った。
「正義を信じられなくなった男に、何ができる。俺は——空っぽだ」
「なぜ、勇者パーティーに?」
「王女殿下に頼まれた。『最後の仕事だと思ってくれ』と」
クロートは、メモを取った。
【ガルドの物語】
元騎士団副団長、二十年のキャリア
上官の不正を告発、逆に除隊処分
正義を信じられなくなった
王女の依頼で、勇者の護衛に
◆
四人分の「素材」が揃った。
クロートは、ホワイトボード代わりの布に、メモを書き出した。
「お前たちの物語には、共通点がある」
四人が、クロートを見た。
「全員、何かを失っている。アルトは家族を、セレナは居場所を、リゼットは両親と名誉を、ガルドは正義と誇りを」
「……」
「そして全員、一度は絶望した。何もできない、何も信じられない、そう思った瞬間がある」
クロートは、四人を順番に見つめた。
「だが——お前たちは、今ここにいる。諦めなかった。立ち上がった。それぞれの理由で、それぞれのやり方で」
「だから何だ」
ガルドが、低い声で訊いた。
「俺たちが『不幸自慢』をすれば、民衆が支持してくれるのか」
「そうじゃない」
クロートは、首を振った。
「お前たちの物語は、民衆の物語でもあるんだ」
「どういう意味だ」
「この国の民衆も、同じように苦しんでいる。戦争、飢饉、疫病——何度も何かを失い、何度も絶望してきた。『自分たちには何もできない』と思い込んでいる」
クロートは、布に大きく書いた。
【コアメッセージ】 「絶望から立ち上がった者たちが、絶望に挑む」
「お前たちは、『完璧な英雄』じゃない。傷つき、失い、それでも立ち上がった『不完全な人間』だ。——だからこそ、民衆の心に響く」
セレナが、口を開いた。
「……あんた、本気で言ってる?」
「本気だ」
「私たち、世間から見たら『問題児』の集まりよ。犯罪者、呪われた血筋、脱走兵——」
「だからこそだ」
クロートの声が、強くなった。
「『完璧な英雄』は、民衆から遠い。手の届かない存在だ。でも、お前たちは違う。お前たちは、民衆と同じ痛みを知っている。同じ絶望を経験している。——だから、民衆はお前たちを『自分たちの代表』として受け入れることができる」
沈黙が、部屋を満たした。
やがて、アルトが口を開いた。
「……俺たちは、英雄じゃなくていいのか?」
「いい」
クロートは、頷いた。
「お前たちは、『隣人』でいい。民衆の隣にいて、民衆と一緒に戦う存在。——それが、お前たちの『ブランド』だ」
アルトの目に、かすかな光が宿った。
「隣人……」
「そうだ。『伝説の勇者』じゃない。『隣にいる守護者』。それが、お前たちだ」
クロートは、布に最終版を書き込んだ。
【勇者パーティーのブランドコンセプト】 「絶望から立ち上がった、隣人たち」 「完璧じゃない。でも、諦めない」 「守りたいものがある。だから戦う」
「これが、俺たちのクリエイティブ・ブリーフだ。これを軸に、全ての施策を展開する」
四人は、布に書かれた言葉を見つめていた。
ガルドが、低い声で呟いた。
「……悪くない」
セレナが、肩をすくめた。
「まあ、あんたの言葉は、嘘じゃないしね」
リゼットは、黙ったまま、しかしその目にはかすかな興味が浮かんでいた。
そして、アルトは——
「……ありがとう、クロート」
小さな声で、しかし確かに、そう言った。
クロートは、かすかに笑った。
「礼はまだ早い。これからが本番だ」
第二部の幕が、上がった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます