第4章 オリエンテーション——課題の本質を見極めろ
翌日。
クロートは、宣伝局のオフィスに勇者パーティーの四人を呼び出した。
「何の用だ、宣伝局長」
ガルドが、不機嫌そうに言った。
「魔物討伐の訓練の時間を削ってまで、話を聞く価値があるのか」
「ある」
クロートは、椅子に座ったまま答えた。
「まず、現状を共有する。それから、今後の戦略について話し合う。お前たちは俺のクライアントだ。クライアントが現状を知らないまま、俺が勝手に動くことはない」
「クライアント……?」
リゼットが、低い声で呟いた。
「私たちは、あなたの客なのですか」
「そう考えてくれ。俺は、お前たちの価値を世界に伝える仕事を請け負った。そのために必要な情報を共有し、方針を決めるのが、今日の目的だ」
クロートは、手元のメモを見せた。
「まず、現状から。勇者アルト・ヴェインの認知度は、王都においておよそ三パーセント。つまり、百人中九十七人は、お前の存在を知らない」
「三パーセント……」
アルトが、消え入りそうな声で呟いた。
「さらに悪いことがある」
クロートは続けた。
「十年前、この街で『偽勇者詐欺』事件があった。自称勇者が寄付を集めて逃亡した事件だ。その影響で、『勇者』という言葉自体が、ここでは信用されていない」
「……」
「加えて、民衆の間には『諦め』が蔓延している。魔王の脅威を遠い話と感じ、自分たちには何もできないと思い込んでいる。これが、俺たちが戦うべき『敵』だ」
セレナが、腕を組んだ。
「つまり、あんたの見立てでは——私たちは、ほとんど無名で、しかも信用されていない。そういうこと?」
「その通りだ」
「最悪ね」
「最悪だ。だから、最悪の状況を変えるための戦略が必要になる」
クロートは立ち上がり、壁に掛けられた白い布を指差した。即席のホワイトボードだ。
「まず、前提を整理しよう。俺たちが売るべきものは何か」
沈黙。
クロートは、自分で答えた。
「『勇者アルト・ヴェイン』——ではない。『希望』だ」
「希望?」
ガルドが眉をひそめた。
「どういう意味だ」
「民衆が求めているのは、『勇者』という肩書きじゃない。『魔王に勝てるかもしれない』という希望だ。その希望を体現する存在として、アルトを位置づける」
クロートは、布にペンで書き込んだ。
【売るもの】 × 勇者アルト・ヴェイン ○ 「希望」——魔王に勝てるかもしれない、という可能性
「そのためには、アルトのストーリーを作り直す必要がある」
「ストーリー?」
アルトが、不安そうに訊いた。
「俺の……ストーリー?」
「そうだ。お前は今、『神託で選ばれた農村出身の青年』だ。それは事実だが、それだけでは民衆の心を動かせない。お前が何者で、何のために戦うのか——その『物語』を明確にする必要がある」
クロートは、アルトの方を向いた。
「アルト。お前に聞きたい」
「は、はい」
「お前は、なぜ勇者になった」
「……え?」
「神剣を抜いたのは偶然じゃないはずだ。何かがあって、お前は神殿に行った。神剣に触れた。そして——抜けた。その過程に、何があった?」
アルトの顔が、強張った。
「それは……」
「言いたくないなら、言わなくていい。だが、お前のストーリーを作るには、素材がいる。嘘をつくつもりはない。事実を、最も伝わりやすい形に編集する。それが俺の仕事だ」
長い沈黙があった。
アルトは、俯いたまま口を開いた。
「……五年前」
「五年前?」
「俺の村で、飢饉が起きた」
クロートは、黙って聞いた。
「作物が全滅して、村の半分以上が死んだ。俺の……俺の家族も、全員」
「……」
「騎士団に助けを求めたけど、来てくれなかった。『辺境の村一つに人員は割けない』って。俺は——」
アルトの声が、震えた。
「俺は、何もできなかった。家族が死んでいくのを、見てるだけだった」
セレナが、口を開きかけて、やめた。リゼットは無表情のまま、ガルドは腕を組んで黙っている。
「それで、神殿に行ったのか」
クロートが、静かに訊いた。
「……ああ。もう、何でもよかった。神に祈れば何か変わるかもしれない、って。そしたら——」
「神剣が抜けた」
「……抜けちまった。俺みたいな奴に」
アルトは、力なく笑った。
「俺は勇者なんかじゃない。ただの——何もできなかった、ただの臆病者だ」
沈黙が、部屋を満たした。
クロートは、しばらくアルトを見つめていた。
やがて、口を開いた。
「アルト」
「……何だ」
「お前のその話、使わせてもらう」
「え?」
「お前は、家族を失った。助けを求めたけど、誰も来なかった。自分は無力だった。——そして、それでも立ち上がった。神殿に行き、神剣を抜いた」
クロートは、布に書き込んだ。
【アルトの物語】
飢饉で家族を失った
助けを求めたが、誰も来なかった
無力感に打ちひしがれた
それでも、立ち上がった
神剣を抜き、勇者になった
「お前は、無力だった。助けを求めても、誰も来なかった。——だからこそ、お前は誰かを助けたいと思った。同じ思いを、誰にもさせたくない。そうだろう?」
アルトの目が、わずかに見開かれた。
「……」
「その気持ちが、お前を神殿に向かわせた。その気持ちに、神剣が応えた。——これが、お前の物語だ」
クロートは、布を指差した。
「キャッチコピーはこうだ。——『守りたいものがある。だから戦う。』」
四人が、息を呑んだ。
クロートは、四人を見回した。
「アルトは、伝説の英雄じゃない。特別な血筋でも、選ばれた戦士でもない。ただの、家族を失った青年だ。——だからこそ、民衆の心に響く」
「……」
「『俺たちと同じ普通の人間が、それでも立ち上がった』。その物語が、民衆に希望を与える。『自分たちにも、何かできるかもしれない』と思わせる」
セレナが、ゆっくりと口を開いた。
「あんた……」
「何だ」
「あんた、嘘はつかないって言ったわよね」
「言った」
「今の話、全部本当のことだわ。アルトの過去を、脚色してない。ただ——」
「編集しただけだ」
クロートは、頷いた。
「事実を、最も伝わりやすい順番に並べ替えた。強調すべきところを強調した。それだけだ」
「それだけ、か」
セレナは、皮肉げに笑った。
「言葉の力って、恐ろしいわね」
「恐ろしいよ。だから、使い方を間違えちゃいけない」
クロートは、アルトに向き直った。
「アルト。お前の物語を、世界に伝える。いいか?」
アルトは、しばらく黙っていた。
やがて、小さく頷いた。
「……頼む」
「よし。次は——」
クロートは、セレナ、リゼット、ガルドを順番に見た。
「お前たち三人のストーリーも、整理する。全員分のブランドを構築する。それが、俺の仕事だ」
ガルドが、複雑な表情で口を開いた。
「……宣伝局長」
「何だ」
「お前のやり方は、理解できん。言葉で世界を変えるなど、騎士の流儀ではない」
「知ってる」
「だが——」
ガルドは、一瞬だけ目を逸らした。
「お前の言葉は、嘘ではなかった。アルトの過去を、歪めなかった」
「当然だ」
「……ならば、俺の過去も、同じように扱ってくれるのか」
クロートは、ガルドを見つめた。
「約束する。俺は、お前たちの過去を歪めない。事実を、最も伝わりやすい形に編集する。それだけだ」
長い沈黙の後——
ガルドは、深く頭を下げた。
「……よろしく頼む、宣伝局長」
セレナが、口笛を吹いた。
「あらあら、頑固騎士様が頭下げるなんて、珍しいこと」
「黙れ、盗賊」
「はいはい」
リゼットは、無表情のまま、しかしどこか興味深そうな目でクロートを見ていた。
「……面白い人ですね、あなたは」
「そうか?」
「私たちのような『訳あり』を、商品として扱うなんて」
「商品、じゃない」
クロートは、首を振った。
「お前たちは、俺のクライアントだ。パートナーだ。俺は、お前たちの価値を世界に伝える。そのためなら、何でもやる」
リゼットの目が、一瞬だけ揺れた。
「……何でも、ですか」
「何でもだ」
◆
その日の夜。
クロートは、オフィスで一人、次の計画を練っていた。
アルトの物語——「守りたいものがある。だから戦う。」——は、ストーリーの核となる。
次は、これをどうやって広めるか。
(この世界のメディアは、口コミ、吟遊詩人、教会の説教。テレビもネットもない。だから——)
メモに書き込む。
【拡散戦略】
吟遊詩人を味方につける → 酒場で物語を語らせる
教会との連携 → 説教に勇者支援のメッセージを組み込む
実証イベント → 勇者パーティーの活躍を目に見える形で示す
「まずは、吟遊詩人からだな」
呟いて、クロートはペンを置いた。
窓の外には、月が昇っている。
前世では、こんな時間まで働くことが日常だった。しかし今は——
(不思議だな。疲れているはずなのに、充実している)
前世の仕事は、「売るため」だった。クライアントの売上を上げるため、会社の利益を上げるため。
今の仕事は——
「世界を救うため、か」
声に出して、クロートは笑った。
大言壮語だ。馬鹿げている。
だが——
「悪くない」
クロートは立ち上がり、窓を開けた。
夜風が、銀髪を揺らす。
王都グランディアの夜景が、眼下に広がっている。無数の灯りが、闇の中に瞬いている。
あの灯りの一つ一つが、人の営みだ。家族がいて、友人がいて、日々の暮らしがある。
その全てが——魔王に滅ぼされるかもしれない。
「絶対に、させない」
クロートは、静かに呟いた。
その決意は、前世のどんなプレゼンよりも、確かなものだった。
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