特天対、風雲急を告げる

Shiromfly

特別天候対応群――通称『特天対』

 ――特別天候対応群(とくべつてんこうたいおうぐん)

(Special Weather Response Group、略称:特天対)は、気象庁が直轄する非公開の対天候作戦部隊である。


1.概要

・気象庁が極秘裏に設置した対天候専門部隊。

・種々の天候がただの自然現象ではなく『人類に対し意思決定を実行する能力を持つ勢力であることが実証された『天気宣言』と、国際条約に基づき発足、運用されている。

・任務内容は、天候の急激な変動や異常気象の兆候に対する“対応”とされるが、具体的な内容については非公開。


2.設立背景

・古今東西の歴史と戦史において、天候が人類に重大な影響を与えてきた事実は、「人類は天気によって支配されている」という蓋然的結論を導き出した。

・更に、近年の異常気象の増加を“天候側の敵対的活発化”と解釈し、対策組織の必要性が議論される。

・その結果、天候のエキスパートである気象庁内部で特天対が編成された。


3.任務

・天候の急激な変化の監視。

・異常気象の兆候の早期察知。

・天候の“挙動”に対する何らかの対応。

・最終天気への警戒、準備、戦力育成。

・詳細な作戦内容は不明であり、庁内でも共有されていない――



――――――――――


「……何ですか、これ?」


 多田原恵美(ただはら えみ)の当惑した声が、教授室の本棚を吹き抜けた。


「スカウトだよ」


 窓の外を眺めながら煙草をくゆらせる、初老の教授の背中が答えた。


 恵美は、女性アナウンサーを志し、頑張って気象予報士の資格を取ったばかり。

 あの資格試験は『特天対』に相応しい人材を見定めるためだったとかなんとか。


 何の前触れもなく教授室に呼び出されたと思ったら、いきなりこれだ。


 恵美は手元の書類の束をぱらぱらと巡り、めまいに耐える。


「……あの、冗談にしてはヒドすぎますよコレ。てっきり卒論の件かと……私、帰ります――」

「――人類は太古の昔から、天気と戦ってきた。そして、近付いているのだ。人類と天候の最終戦争が。そう、最終天気、ハレアメドンが!!」


「あのう……教授?」


 様子がおかしい教授の背中が、震え出した――と思ったら、急に。


 ばっ! と振り返ったので恵美は椅子から転げ落ちそうになる。


「ひゃあっ!?」


 教授はホワイトボードに貼ってある天気図を指差しながら、「ここを見たまえ! この等圧線の歪み! そして異様な前線の発達!! これは“接触”の証拠だ! 君も『気象予測者』の能力を持っているなら、判るはずだ! なに、わからん!? いいや判るはずだ!!」


「教授、こわいです! 教授!!」

 ずいずい迫って来る教授に、恵美はますます困惑する。


「失礼します、雨傘あまがさ教授」


 目が血走ったジジイが天気図をぐいぐい押し付けてくるので、本気で恐れをなしていると、軽いノックの音。


「ああっ、ちょうどよかった、すいません、教授がいきなり変に――」

「――多田原恵美くん。俺は『特天対』の者だ。君を迎えに来た」


 体格のいいスーツ姿の青年が入ってきたので、ほっとした恵美は、しかし、その男もだったので絶望した。


「君は過去最高の天気予報値を叩き出した。日本の……いいや、世界の命運が君の能力に掛かっていると言ってもいい。あと可愛い。頑張ろう」


 低い声。無駄のない所作。流れるような黒髪。整った黒いスーツ。引き締まった体格。表情は薄いが、目だけが妙に鋭い。

 

「は……はい……いや、やっぱり変ですってこれぇ!!」


 線の細いモデル系ではなく、がっつり鍛えている『男前』がタイプの恵美にとっては、この『特天対』の男性隊員は正直、どストライクだった。思わず頷いてしまったが、やはり納得はできない。当然である。


「さあ、急ごう。間も無く梅雨前線がやってくる。連中、例年に比べて湿潤核が肥大化している。上層の潜在不安定度も異常に高い……それに、前線の南端で水蒸気フラックスの逆転が起きている。このままだと、前線全体の線状化が加速するぞ」


「はあ……」


 気象予報士の資格を取った恵美には、何を言っているかは判るが、何を言いたいのかは判らない。だからなんだという話だ。


「判ったな? いくぞ。恵美」

「いやちょっと、あの。あのですね、私、まだ……ちょっと、誰か助けてえ!」


 その叫びをかき消すように、窓が震え出した。

 外を見ると『気象庁』と刻印された、やたらといかついヘリが構内に着地するところだった。



 こうして、恵美は気象庁に連行された。

 まさに晴天の霹靂である。風の噂によると頑張っているらしい。

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