赤目の白犬討伐と命ぜられた時より、かような顛末は覚悟の上だった。

 魔犬の咬みきずは身を蝕み、やがてその者をも魔犬に変える。

 考えようだ。己は忍び。狗どもの中には咬み創を望んで魔犬の群れに入った、もとは一族ではない者もあるというではないか。


「魔犬となれ、鷹雄!」


 地上へ降りるなり、白犬は嗤った。


「だが、まだ人臭いのう」


 魔犬の姿を解き、六尺の体躯、白髪に赤目の総大将姿で白犬は立っていた。


「我は、そなたを討ち損じたのか」


 白犬に問うべきはそれのみであった。


「否」


 なぜか答えてのちも嗤っている。


「あの一太刀はよく効いたぞ、鷹雄。

 わしの身体は地に倒れ、そのまま地獄へ吸い込まれるところであった」

「では、目の前の御身は」

「お主も魔犬の創を持つ身。地の果てまで響く地霊の怨嗟の声が聞こえぬはずはあるまい」


 この戦国の世、頭領同士が国盗りのために踏み荒らし、奪い合う。

 地上のどこにも、着物を剥がれ汚された屍が散らばっていないところはない。

 咬み創から体のすみずみまで広がっていった魔犬の妖力は、たしかに我の耳のはたらきを変えていた。

 雨音が途絶えた静寂の向こう側から、凍えるような呼び声が低く長く響いている。


「わしは最後の力で外道の術を頼んだ。

 すると怨嗟の声が糸のように撚り集ってくるわ、くるわ、面白いほどだったわい」


 死の間際の外道の術と申せば、ひとつである。

 だが、あの外法はたしか、


「やがてその怨嗟の声の糸をたどるように、死に絶えた亡骸から、骨や肉や血、目玉がわしをめがけてずるずると集まってきおったわ。いくらでも集まってきおった。

 集まった死人の血肉はそうして交じり合ってのう、わしの次の身柄となったのじゃ。なんともうまい心地がしたのう」


 我は抜刀し、構えたまま聞いていた。


「鷹雄。魔犬となれ。わしと相対し、切り結ぼうとするその殺気。なれる」


 ふたたび白犬は言った。


「魔犬となって、我はなんとする」


 これまでも一匹の忍びであった。

 これから一匹の狗となったところで、なんの変わりがあろう。敵の狗はそのまま敵の狗だ。


「気が進まぬ。だいいち刀を離しとうない」

「魔犬の身体はよいぞ。千里を駆けて弱ることもなく、爪と牙はどんな武具とも渡り合える。幾人屠ろうともまだ血が騒いで止まらぬ。

 のう、わしの新しい身体もよいぞ。雨も効かぬ。その上先ほどの声色も、小童姿もたいしたものじゃったろう。亡骸の中に似た大きさの小童がいたからのう」

「取り込んだ亡骸の形を使えるということか」

「そのようなところじゃ。

 のう鷹雄よ、今一度わしと戦え。戦えばお主も魔犬のさがが騒ぎいずれ剣は捨てられ狗同士の相討ちとなろう。

 さすればわしはお主の魔犬の妖力を帯びた身体を喰らって倒し、これまでの亡骸と同じように貰う。そうして天下に並びない魔犬となる。」

「そうか」


 我はそれのみ答えた。

 白犬のこころは読めた。


   ◆


 白犬は手の込んだ脅かしを言う、と百太郎は身をひそませながら思った。死人を集めておのれの身体を創ったとは。戦に加わったのか巻き添えとなったのか、刀も着物も剥され、転がされたあわれな亡骸で。


 あばら家でのことだ。鷹雄の粥を食べる姿があまりにも落ち着いていたので、自分も覚悟をしなければならないのだと百太郎は口には出さずとも考えていた。尋常の落ち着きようではない。最期の粥、最期の水、そのような目つきをしていた。

 魔犬の創についてはお館様からも聞かされていた。さようなこともあろう、と。お館様にしてみれば手持ちの忍びが一匹、狗となるだけのことで、涼しい顔をするものだと思った。狗となれば狗として使える。それだけの話なのだろう。


(かような事態が起これば、拙者だけでも城へ戻れという言い付けだったが……)


 向かい合う鷹雄と赤目の白犬。

 赤目の白犬を倒したことで狗どもは求心力を失ったと聞く。だがこの二匹はすでにそれらとはかかわりのない境地で互いを睨んでいるように見えた。

 天下無双の魔犬となって、白犬はこのさき何をするのか。また狗どもの首領に返り咲こうというのだろうか。

 赤い目が燃えている。その色が、百太郎には我執とうつった。強い我執ゆえに邪法を念じて成就したのだとも言えるのだが、果たして鷹雄はどう挑むのか。


 百太郎はあることが浮かびその場を離れた。

 月あかりが冴えてきた。総大将たる赤目の白犬がよみがえったのいうのに、ほかの狗どもが潜んでいないわけがない。

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2026年1月12日 07:00

赤目の白犬 倉沢トモエ @kisaragi_01

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