第4話 最初の選択は、決して中立ではない

駅構内の空気は、異様なほど重かった。

ホームの端に揺れる影が、徐々に輪郭を持ち始める。

不完全な身体を引きずるようにして、シナリオ存在たちが闇の中から這い出してくる。

空中に浮かぶタイマーが、無慈悲に時間を刻んでいた。

59:12

59:11

「ぶ、武器だ……! 武器を選べ!」

誰かが叫ぶ。

乗客たちはパニックになり、空中に浮かぶアイコンを手当たり次第に押した。

光が弾け、剣が出現し、木の棒が落ち、包丁が床に転がる。

安堵の声。

そして——役に立たない物を引き当てた者の嗚咽。

俺は、動かなかった。

——原作では、考えなしに選んだ奴から死んでいく。

もう一度、自分のステータスを確認する。

【神崎・レイト】

状態:未登録

備考:ナラティブ観測者を検出しました

特別アクセス:

・選択権限:保留中

喉が鳴る。

「選択権限……保留?」

つまり——

結果を見てから選べる。

原作でも明確には説明されていない。

ただ一人、かなり後半で登場する“隠しキャラ”だけが持っていた権限だ。

……なぜ、今の俺に?

「神崎くん」

隣に立つフユツキ・アカネが声をかけてくる。

彼女の手には、短く黒いダガー。無駄のない、実戦向けの刃。

「何を引いてもいい。迷わないで」

俺は小さく頷いた。

タイマーは57:30を指している。

意を決して、武器選択アイコンに触れた。

視界が白く染まる。

【初期武器を選択してください】

選択可能:

・鉄の剣(一般)

・短槍(一般)

・非常用ハンマー(一般)

・空白のノート(ユニーク)

……ノート?

原作で、これを引いた人物は一人だけ。

そして彼は——

直接戦わなかった。

俺は、息を吐く。

「……これだ」

空白のノートを選択した。

光が収束し、手の中に黒い表紙の本が現れる。

タイトルはない。中身は真っ白。

掴んだ瞬間——

頭に鈍い痛みが走った。

【ユニークアイテム獲得】

『未記述のナラティブ・ブック』

効果:

・存在や出来事に関する記述を、世界のナラティブに接続可能

・記述内容は、確率に微小な影響を与えます

警告:

・逸脱が大きいほど、反動も大きくなります

……一番、危険なやつだ。

さらにウィンドウが開く。

【初期スキルを選択してください】

・筋力強化 Lv.1

・基礎反射 Lv.1

・読者記憶 Lv.1(レア)

迷わない。

【スキル獲得】

『読者記憶 Lv.1』

効果:

・関連ナラティブにおける展開、死亡例、重要情報を記憶します

・物語との整合性が高いほど、精度が上昇します

制限:

・物語が逸脱するほど、精度は低下します

……これは力じゃない。

枷だ。

「終わった?」とアカネ。

「ああ。俺は……本だ」

正直に答える。

彼女は眉をわずかに上げただけだった。

「……面白いわね」

それ以上は聞かない。

ホログラムが震える。

【最初の試練を開始します】

ミッション:

・シナリオ存在を3体討伐してください

報酬:

・ナラティブポイント

・ランダムスキル

失敗:

・消去

闇が動く。

インク・レイスではない。

もっと小さく、素早い——折り畳まれた脚を持つ影。

【シャドウ・ルーカー/下級】

原作では、この駅で二十人以上を殺した存在。

俺はノートを開き、一文だけ書く。

『シャドウ・ルーカーは、急激な光に対して反応が遅れる』

インクが、脈打った。

影が、こちらを向く。

アカネがダガーを構える。

「神崎くん」

静かな声。

「指示を」

俺は影と、タイマーと、

——間違えれば死ぬ人間たちを見る。

「……行くぞ」

「書き換え開始だ」

影が動いた。

走るのではない。

空間を折り畳むように跳ぶ。

シャッ——!!

剣を持った男の隣に、突然出現。

ボキッ、という乾いた音。

悲鳴は短く、身体が崩れ落ちる。

「単独行動するな!!」

叫ぶが、遅い。

二体目が天井に張り付き、

バサッと落ちて二人を叩き潰す。

アカネが動いた。

ダガーが閃く。

ザシュッ——!

……手応えがない。

「効いてない!」

——そうだ。

光がなければ、実体化しない。

影が回転し、アカネの肩を裂く。

「ッ——!」

彼女が弾き飛ばされる。

「フユツキ!」

ノートを開く。

だがインクの反応は弱い。

Lv.1だ。影響力が小さい。

「光だ! 光が要る!」

駅の照明はほとんど死んでいる。

三体目が、俺に跳んだ。

反射的にノートを掲げる。

バキィッ——!!

爪がページを貫き、

冷気が胸を刺す。

「ぐっ……!」

倒れ込む。

影が、俺を覆う。

——原作の死亡シーン。

「神崎!!」

アカネが、消火器を掴む。

「伏せて!!」

転がった瞬間、

シューーーーッ!!

白煙がホームを包む。

光じゃない。

だが——迷わせるには十分。

影がギギッと歪む。

「今よ!!」

非常灯の赤が点く。

足りない。

——原作では、駅の電源を使った。

俺は壁を見る。

制御盤。

非常ボックス。

「冬月さん! 赤いレバーだ!」

彼女は即座に理解した。

カチッ——

ドォン!!

一瞬、駅が白く染まり——

照明が弾ける。

影が悲鳴を上げ、

輪郭が“固まる”。

「当たる!!」

俺は床の鉄片を掴み、突っ込んだ。

ガキィン!!

一体、消滅。

二体目がアカネに迫る。

彼女の一閃。

ズブッ——

倒れた。

だが——

三体目が、まだ。

半身が崩れながら、俺へ。

ザシュッ——!

腹に、熱。

血。

「……くそ……」

アカネが叫ぶ。

全力の投擲。

ダガーが、核心を貫く。

バキィン——!!

影が砕け、霧散した。

静寂。

重すぎる沈黙。

俺は腹を押さえ、座り込む。

アカネも壁に背を預け、息を整える。

「……死ぬところだったわね」

俺は、弱く笑う。

「原作じゃ……もっと簡単だった」

彼女が睨む。

「つまり、もう物語はあなたに逆らってる」

空中に文字。

【ミッション達成:3/3】

報酬を配布します

俺は、それを見上げた。

——これが、まだ“最初”。

……どこまで、生き残れる?


――つづく

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