第2話 - 特殊アイテムルームへ
私は――この世界から出られない。ルナ・フォルカは、その事実を静かに受け止めていた。
最新アップデートに伴い、私宛に届いた特殊メッセージ。その中に、バグ、あるいは致命的なエラーが含まれていた可能性は否定できない。だが、この世界はあまりにも現実的だった。玉座、空気、そしてNPCたちの振る舞いまでもが、あまりにも「本物」だった。
(落ち着いて、私。大した問題じゃない……でも、謎が多すぎる。ひとつずつ解き明かして、解決策を見つけなければ)
私は思考を巡らせながら、玉座から立ち上がった。視線の先には、深く頭を垂れるドッペル・リーガーと、清掃と整備を任された数体のラミアたちがいる。
「ドッペル・リーガー、そしてラミアたち。私から命令を出すわ」
私の声に、部屋の空気が一瞬引き締まる。
「「承知しました」」
ドッペル・リーガーとラミアたちは、揃って頭を下げた。ラミアたちは作業の手を止め、私の言葉を待つ。
「この部屋の再整理が終わり次第、ラミア部隊は中央ホールへ合流しなさい。全体会議を行うわ」
「かしこまりました、ルナ様」
「ドッペル・リーガー。二時間後、三日月の迷宮・各階層の代表者を中央ホールへ招集して。今後の方針について、大規模な会議を行う」
「了解いたしました、ルナ様」
命令を受けたラミアたちは、再び素早く作業を再開した。ドッペル・リーガーは姿勢を正し、私の前から静かに退出する。
――不思議だ。
私は、命令を受けて動くNPCたちの一挙一動を見つめていた。ここまで自然で、滑らかな動作は、通常のNPCにはありえない。
私は玉座の間をゆっくりと後にする。ラミアたちの細かな動き、視線、反応――どれも、あまりに精密だった。
「中央ホールへ向かわれるのですか、ルナ様?」
一体のラミアが、深く頭を下げながら声をかけてくる。
「いいえ。まだ準備すべきことがあるわ」
迷いなく答えると、ラミアは一瞬ためらった後、慎重に言葉を続けた。
「恐れながら申し上げます。危険に備え、護衛を一名お付けするべきかと存じます、ルナ様」
「……私の力を疑っているの?」
私の声音が、わずかに冷たくなる。
「もしそうなら、あなたを私の創り出した蟲たちへの生贄にしてもいいのだけれど?」
「と、とんでもございません! そのような意図は一切……ただ、我々は唯一無二の最高指導者であるルナ様を、危険に晒したくないのです」
私はラミアを、重要度の低い存在として見ていた。三日月の迷宮の創設者は、NPCたちを“機能”として設計した。それが、本来あるべき姿のはずだった。
――だが。
彼女の言葉は、完全に間違っているとも言えない。もしこのアップデートによって、管理者へアクセスできなくなっているのだとすれば。迷宮の外部から、何らかの脅威が迫っている可能性もある。
(受け入れてもいいかもしれない……ログアウトも、システム操作もできない今の状況では)
思考が絡み合う中、私は深く息を整えた。
「……分かったわ。あなたが同行しなさい」
私が指を向けると、ラミアは目を輝かせた。
「ありがとうございます、ルナ様!」
「あなたの名前は……?」
「カマカと申します。このようにお傍に仕えることができ、光栄でございます、ルナ様」
カマカは満面の笑みで、私の後ろを歩き始めた。迷宮の支配者と並び歩ける――それは、NPCにとって極めて稀な栄誉なのだろう。
だが、私にとっては些細なことだった。むしろ、確信が強まっていく。NPCたちが、設定を超えた言語と行動を見せているという事実。
――桃崎灯花は、完全に私の中にいる。
三日月の迷宮の指導者として。そして、おそらく――唯一の存在として。
(ここでは情報が足りない。外の世界の情報が必要……私だけが、元の世界の残存者なの?)
私の足が、大きな扉の前で止まる。銀装飾の施された茶色の扉。龍の紋様が刻まれたそれは、私にとって見慣れた存在だった。
「カマカ。ここで待機しなさい。緊急事態以外、誰も通さないで」
「承知しました、ルナ様。中央ホールへ向かわれるまで、まだお時間はございます」
「分かっているわ。……これは、予防措置よ」
「予防措置、でございますか?」
「三日月の迷宮には、特殊アイテムが保管されている。私は、それら全てを管理する責任者なの」
一瞬、言葉を切る。
「……ヴェディゴが、私にその役目を与えるべきじゃなかったのだけれど」
「ルナ様……?」
「今のは忘れて。命令を守りなさい」
「かしこまりました」
私は右手を扉にかざし、わずかな魔力を流し込む。扉は静かに開き、私を迎え入れた。
迷いはない。部屋の中に入ると、壁一面にカードが並んでいた。
――すべて、私が知っているアイテム。
「コレクティング・カード。私自身が開発した特殊アイテム……」
他の魔術師のカードとは違い、これは“望むものすべて”を封印できる。そして、私にとって最も効率のいい道具だった。黒を基調としたカード群。その多くは、私の手によって生み出されたNPCの基盤でもある。
私は、一枚のカードの前で足を止めた。
「……今はこれを使うべきね。仲間たちの存在を、確認する」
私はカードを取り、右手で掲げ、目を閉じる。
【Detection of Great Leader】
魔力が流れ、カードが強く輝いた。一瞬で光は消える。
――そして。
目を開いた私の額には、冷たい汗が滲んでいた。
「……反応が、ない?」
仲間たちの魔力を、何ひとつ感知できない。
「まさか……私が……最後の魔術師……?」
信じたくない現実。カードは、私の手から滑り落ち、床に転がった。【Detection of Great Leader】は、迷宮の指導者を探知するための特殊カード。
反応がないということは――答えは、ひとつ。三日月の迷宮に存在していた、
ルナ・フォルカの仲間たちは――
すでに、全員消えていた。
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