第4話

三人でのダンジョン攻略が始まって一ヶ月。零たちのパーティーは順調に実績を積み重ねていた。


しかし零は、まだ何かが足りないと感じていた。


「回復役がいない」


Bランクダンジョンからの帰り道、零が呟く。


「確かに...今日も、結構ギリギリだったわね」


香織が自分の服を見る。魔物の攻撃で破れている。楓も腕に浅い傷を負っていた。


「回復魔法が使える人を探さないと」

「でも、回復適性がある人って少ないのよね」

「そうだな」


回復魔法は希少な適性だ。そしてその適性を持つ者は、大抵が後方支援に回される。前線で戦えない者が多い。


翌日、学校の保健室。


零は腕の傷の手当てを受けていた。担当は、一年生の白鳥柚葉。清楚な外見と優しい物腰で、保健委員として人気がある。


「神代先輩、また怪我ですか」

「まあな」

「もっと気をつけてください。いつも無茶ばかり...」


柚葉が心配そうに零の傷を治療する。その手から、淡い光が漏れる。


回復魔法。傷が見る見る塞がっていく。


「柚葉は、回復適性が高いんだな」

「はい。でも、それだけなんです...」

「それだけ?」

「私、回復しかできなくて...前線で戦えないんです」


柚葉の表情が暗くなる。


「だから、いつも後ろで見てるだけ。みんなが戦ってるのを」

「前線に立ちたいのか」

「...はい。でも、私には攻撃魔法の適性がなくて」


柚葉の声が小さくなる。零は少し考え、そして言った。


「攻撃と回復、両方できる武器を作ってやる」


柚葉の目が見開かれる。


「そんなこと...できるんですか?」

「やってみなきゃわからない。ただ、特殊な素材が必要だ」

「どんな素材ですか?」

「聖樹の枝。Bランクダンジョンの深部にある」

「私も...一緒に行っていいですか?」


柚葉の真剣な眼差しに、零は頷いた。


「香織と楓に話しておく。次の週末、一緒に来い」

「ありがとうございます!」


柚葉の顔が明るくなる。零は保健室を出ながら、頭の中で設計を始めていた。


週末、四人はBランクダンジョン「聖なる森」に向かった。


「よろしくね、柚葉ちゃん」

「こちらこそ、よろしくお願いします」


香織と楓が柚葉を歓迎する。柚葉は緊張しながらも、嬉しそうに微笑む。


ダンジョン内部は、神秘的な雰囲気に満ちていた。巨大な樹木が立ち並び、木漏れ日が幻想的な光を作り出す。


「綺麗...」


柚葉が呟く。しかしその美しさとは裏腹に、ここは危険なダンジョンだ。


「油断するな。この森の魔物は、見た目以上に強い」


零の警告通り、次々と魔物が襲いかかる。魔狼、毒蛇、肉食植物。


香織と楓が前線で戦い、柚葉は後方で回復に専念する。しかし、攻撃の激しさに回復が追いつかない。


「くっ...もっと早く回復できれば...」


柚葉が焦る。零が横に来て、落ち着いた声で言う。


「焦るな。お前のペースでいい」

「でも...」

「お前が倒れたら、俺たちも終わりだ。無理するな」


零の言葉に、柚葉は深呼吸して落ち着く。そして、一人一人丁寧に回復していく。


「ありがとう、柚葉ちゃん」

「助かるよ」


香織と楓の感謝の言葉に、柚葉は嬉しそうに微笑む。自分が必要とされている実感。


やがて、深部に到達する。そこには、巨大な聖樹が立っていた。


「あれだ」


零が指さす先、聖樹の枝が淡く光っている。しかし、その根元には巨大な魔物──森の守護者が眠っていた。


「起こさないように、静かに取る」


零が慎重に聖樹に近づく。しかし、枝に手を伸ばした瞬間、守護者が目を覚ました。


「しまった!」


守護者が咆哮を上げ、四人に襲いかかる。その巨体から繰り出される攻撃は、今まで戦った魔物とは比較にならない。


「散開!」


零の指示で、四人はバラバラに散る。守護者の攻撃が地面を抉る。


「アイスランス!」


香織の魔法が守護者に命中するが、分厚い樹皮に阻まれる。楓の剣も同様だ。


「硬い...!」


守護者が反撃に出る。巨大な腕が楓を薙ぎ払い、吹き飛ばされる。


「楓!」


柚葉が駆け寄り、回復魔法をかける。しかし次の瞬間、守護者の攻撃が柚葉に向かってきた。


「危ない!」


零が割って入り、守護者の攻撃を剣で受け止める。しかしその威力は凄まじく、零も膝をつく。


「零先輩!」


柚葉が零に回復魔法をかける。しかし守護者の連続攻撃に、回復が追いつかない。


香織と楓も限界が近い。このままでは全滅する。


「くそっ...」


零は歯を食いしばる。複製カリバーンの力を、もっと引き出さなければ。


その時、柚葉が前に出た。


「私が...盾になります!」

「柚葉!?」


柚葉は両手を広げ、守護者の前に立ちはだかる。守護者の攻撃が迫る。


「させるか!」


零が全力で守護者に斬りかかる。剣が守護者の樹皮を切り裂き、深々と食い込む。


守護者が悲鳴を上げ、その動きが止まる。零はさらに剣を押し込み、守護者の核を破壊した。


巨大な守護者が倒れ、消滅する。


「はぁ...はぁ...」


四人とも、地面に倒れ込む。かつてない激戦だった。


「みんな、大丈夫?」


柚葉が立ち上がり、一人一人に回復魔法をかける。零は柚葉を見上げる。


「お前、盾になろうとしただろ」

「はい...みんなを守りたくて」

「無茶するな。死んだら元も子もない」

「でも...私、役に立ちたかったんです」


柚葉の目に涙が浮かぶ。零は立ち上がり、柚葉の頭に手を置く。


「お前は十分役に立ってる。お前がいなかったら、俺たちはとっくに全滅してた」

「本当...ですか?」

「ああ。だから、これからも頼む」


零の言葉に、柚葉は涙を流しながら頷いた。


戦闘後、零は聖樹の枝を回収する。淡く光る枝、これがあれば柚葉の武器が作れる。


「よし、これで材料は揃った」

「楽しみです...」


柚葉は嬉しそうに微笑む。零はその笑顔を見て、絶対に最高の武器を作ると心に決めた。


三日後、武器部室。


零は聖樹の枝と魔石を組み合わせ、槍を作り上げていた。槍の形状は、攻撃と防御を両立できる設計。


柄に聖樹の枝を使い、回復魔法を増幅させる。穂先には攻撃用の魔石を埋め込む。


そして──完成した。


「聖槍グレイスフル...」


零は完成した槍を見つめる。白金色に輝く柄、先端には緑色の宝石。まるで聖女が持つような、神々しい武器。


「柚葉を呼んでくれ」


香織が柚葉を連れてくると、柚葉は完成した槍を見て息を呑んだ。


「これ...私の?」

「ああ。攻撃と回復、両方できるように作った」

「両方...」


柚葉は槍を握る。その瞬間、槍が緑色の光を放ち、柚葉の身体に温かい魔力が流れ込む。


「これは...すごい...」


今まで感じたことのない力。攻撃魔法の適性がないはずの自分が、この槍を通して攻撃魔法を使える。


「外で試してみろ」


訓練場で、柚葉は槍を構える。標的に向かって槍を突き出す。


「ホーリーランス!」


槍の先端から光の矢が放たれ、標的を貫通する。攻撃魔法だ。そして同時に、柚葉の周囲に回復の光が広がる。


「攻撃しながら...回復できる...」


柚葉は信じられないという顔で槍を見つめる。この武器があれば、前線でも戦える。


「零君...」


柚葉は零の前に跪き、槍を両手で捧げ持つ。


「この槍、一生大切にします。そして零君のために、この命を使います」

「そこまでしなくても...」

「いいえ」


柚葉は零を見上げる。その目には、強い決意と──何か別の感情が宿っていた。


「零君は...私の全てです。零君がいなければ、私は前線に立てなかった」

「柚葉...」

「だから、私は零君だけのものです」


柚葉の言葉に、香織と楓が顔色を変える。


「ちょっと待って、柚葉ちゃん。零は私たちの仲間よ」

「零様は、誰のものでもありません」

「でも、私は零君のものなんです」


柚葉の微笑みに、何か不穏なものを感じる三人。


「あの...柚葉、落ち着いて...」


零が困惑していると、柚葉は優しく微笑む。


「大丈夫です。私、ちゃんと順番は守りますから」

「順番って...」

「でも最後は、私が零君と一緒にいるんです」


柚葉の確信に満ちた言葉に、香織と楓は顔を見合わせる。


「これは...まずいわね」

「ヤンデレの予感がします...」


翌週、実技測定。


柚葉の戦闘力測定に、学校中が注目する。回復専門だった少女が、神代零の武器を手にしたらどうなるのか。


「白鳥、始めろ」


柚葉は聖槍を構え、ダミーモンスターに突進する。


「ホーリーストライク!」


光を纏った槍がダミーを貫く。そして同時に、柚葉自身の傷が回復する。


測定器の数値が急上昇する。Aランク。


「攻守万能...だと?」


教師が驚愕する。回復専門だった少女が、今や攻守両方こなせる万能型に。


「神代の武器は...化け物か」


観客席がざわめく中、柚葉は零の方を見て微笑む。その笑顔は、とても幸せそうで──少し怖かった。


放課後、四人は一緒に帰路についていた。


「これで、四人パーティーね」

「回復も攻撃もできるなんて、柚葉ちゃんすごいわ」

「みんなのおかげです」


柚葉は謙虚に答えるが、その手は零の腕にしっかりと絡んでいた。


「あの、柚葉ちゃん?」

「はい?」

「零に近すぎない?」

「これくらい、いいじゃないですか。零君も嫌がってませんし」

「いや、俺は...」

「ね? 零君」


柚葉の笑顔に、零は何も言えなくなる。香織と楓は、不安そうに二人を見つめた。


最強のパーティーに、新たな問題が加わった。柚葉の零への独占欲。


しかし今は、そんなことより次のダンジョン攻略だ。四人の冒険は、さらに加速していく。

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