曇り男
おひとりキャラバン隊
曇り男
「今日は雨か……」
テレビの天気予報を見ながら、僕は「今日は無事に過ごせそうだ」と思った。
僕の名前は奥野道雄。
S高校の2年生だ。
これといって特徴の無い、平凡な、どこにでもいる男子高校生のつもりだった。
けれど、ボクにはちょっとした「呪い」の様なものがあるという事を、最近自覚し始めたところだ。
「呪い」というのは大袈裟かも知れない。
それは時に「救い」になる事があるからだ。
ただ、押しなべて言うと「どんよりとした、曇り空の様な存在」というのが僕の客観的な評価らしく、あまりクラスメイトとの交流も無いし、友達と呼べる人も、数えるほどしか居ないのが事実だ。
クラスメイトは男女合わせて40人居る。
色々な個性を持った人が集まっているけど、大きく分けると4種類の人に分類されると思っている。
僕はそれを、天気になぞらえて「晴れグループ」「曇りグループ」「雨グループ」「雪グループ」と分類している。
「晴れグループ」というのは、いわゆるクラスを明るくする人達のグループで、恋愛などにも
彼等の会話の中には、「誰と誰が付き合った」とか「私の恋バナ聞いて~」とか、恥ずかし気も無くそんな話題も飛び出る始末で、中には「奥野に彼女なんている訳無いじゃん」「分かる~、奥野ってなんかドンヨリしてるもんね」と、僕の話題も出るあたり、きっとクラス全員の事をつぶさに観察しているのだろうと思う。
ちなみに僕自身はどうかというと、「曇りグループ」に属すると自負している。
クラスメイトのみんなは、僕がそんな分類をしているなんて事は知らない筈だ。
ただ、クラスメイトからは僕が「曇り男」だと評価されている様だ。
では何故僕が「曇り男」などと呼ばれているかというと、学校で大きなイベントがある時には、いつも天気が「曇り」になるからだ。
体育祭が、いい例かも知れない。
小学校の時から高校2年になるまで、僕が参加した体育祭開催日の天気は、ずっと「曇り」だった。
おかげで小学校の卒業アルバムでの体育祭の写真は、薄暗く曇った中をみんなが駆けっこしてるものばかりだった。
卒業アルバムといえば、クラス写真を撮るときもそうだった。
小学校でも、中学校でも、僕のクラスの写真だけ、天気が曇りで薄暗く見えるのだ。
卒業アルバムは、他のクラスの隣のページと比べられるから、その明るさの違いは一目で分かる。
だけど当時は、それが僕の「呪い」のせいだなんて、僕自身も思っていなかった。
僕が自分の「呪い」に気付いたのは、日本史の授業の一環で先月に行われた社会見学の時だった。
クラスで8つのグループを作って、それぞれが別々の寺社仏閣を巡って、その結果をクラスで発表するというイベントだったのだが、当日は所々で大雨が降っていたにも関わらず、僕が参加したグループが行く先々では雨が止んで、ずっと曇り空を保っていたからだった。
僕が参加したグループは、男子2人と女子が3人だった。
僕とは別の男子生徒は、自分の事を「俺って雨男なんだよ」と言っていたが、僕の評価は違う。
彼はいつでもクラスを明るくする陽気な性格で、僕が「晴れグループ」と呼ぶ中でも中心的存在だと思っている。
3人の女子生徒の方は、2人が「晴れグループ」で、1人が「雨グループ」だというのが、僕の中での分類だ。
晴れグループの男子生徒と、同じく晴れグループの2人の女子は、やはり相性が良さそうだ。寺社仏閣巡りをしている時も、いつもその3人で会話をしたり行動していた。
僕はというと、「雨グループ」に属する1人の女子生徒と行動する事が必然的に多くなった。
彼女の名前は水野さん。下の名前は知らない。
水野さんはクラスでもひときわ静かで根暗な存在だ。
学校に友達がいるのかは知らないけれど、クラスメイトと話している姿を見た事は無い。
ただ、社会見学の日は雨が降ると言われていたのに、ただ一人、傘も持たずに来ているのが気になって、僕は彼女に話しかけてしまったのだ。
「水野さん、傘、忘れたの?」
と僕がボソリと言うと、水野さんは首を横に振って、
「今日は、傘、いらないと思って……」
と、僕に負けないくらいの小さな声で、そう答えた。
けれど、今日はそこそこ強い雨が降っている。
たまたま僕が居る場所の天気だけが曇り空なのだが、傘が要らない天気だとは到底思えない。
なので僕は、
「どうしていらないと思ったの?」
と聞かざるを得なかったのだ。
すると水野さんは、
「今日は奥野君と同じグループだから、傘……いらないかなって思って」
と、少し顔を赤らめながら言うではないか。
それが、僕が自分の事を「曇り男」という呪いに掛かっていると思うようになったきっかけなのだ。
水野さんの見る目はかなり
それはその後の実証でも明らかだった。
社会見学の日から数日後、天気予報では台風注意報が出ていた。
僕は念のため、学生カバンにレインコートを忍ばせていたのだが、登校途中に偶然出会った水野さんは、傘もレインコートも持ってきていなかった。
それがとても気になって、つい僕が水野さんに、
「今日は台風注意報が出てるのに、雨具は持って来なかったの?」
と聞いてしまった時にも、
「うん……奥野君が登校するのが見えたから、いらないかなって……」
と言うではないか。
そして事実、その日の台風は、僕が建物内に居る時間だけ暴風雨を降らせて、体育の時間と下校時間には雨ひとつ降らない曇り空だったのだ。
僕の過去の実績と、最近になって水野さんに指摘をされたこの
いや、台風を避けられたのは「救い」と呼ぶべきかも知れない。
そんな事が、ずっと続いている僕は、天気予報を見て「雨」と予想される度に、「今日は何事も起こらなそうだ」と思える様になったのだ。
これは神様が僕に与えてくれた「呪い」にも「救い」にも成り得る力で、それに気付かせてくれた水野さんには感謝すべきだと思う。
なので、今日は傘を持たずに学校に行こう。
そして水野さんにお礼を言おう。
僕はそう思い、傘を持たずに家を出た。
空はどんよりと曇っていて、今にも雨が降り出しそうだ。
だけど僕は「曇り男」。
僕の登下校中は、ぜったいに雨は降らないだろう。
そうして学校に向かう途中、またもや水野さんに出会う事になった。
「おはよう、水野さん」
と僕は、初めて水野さんに朝の挨拶をした。
水野さんは僕が挨拶をした事に驚いた様子で、
「お……おはよう、奥野君……」
と、少ししどろもどろになっている。
どうやら僕がイレギュラーな事をしたせいで困らせしまったらしい。
お礼は後で伝えるとして、今は水野さんが気を取り直してくれるのを祈るばかりだ。
その日の日中は雨が降っていた。
やはり、僕が教室にいる間に雨が降るのだ。
こんな雨の日でも、教室の中では「晴れグループ」が休み時間にはクラスの雰囲気を明るくしてくれる。
けれど、彼等に天気を操る力は無い。
僕のいる場所だけを曇り空にする力は、やはり僕にしかないのだ。
放課後、僕が帰ろうと席を立つと、ちょうど水野さんも帰宅をしようとしていたところらしい。
これは水野さんにお礼を言う良い機会だと思って、僕は水野さんに、
「途中まで一緒に帰らない?」
と誘ってみる事にした。
すると水野さんは一瞬驚いた顔をしたけれど、しばらくモジモジした後に、
「うん……いいよ」
と言ってくれた。
僕と水野さんは一緒に校舎の階段を降りて、靴を履き替えて校舎を出ようとした。
「……おかしいな」
と僕は空を見上げてそう言うしか無かった。
何故なら、僕が下校しようとしているというのに、雨がちっとも止みそうに無いからだ。
「奥野君……傘は持ってないの?」
と水野さんがソワソワしながらそう訊いた。
僕は頷いて、
「うん。僕は曇り男だから、今日は傘はいらないと思って、持って来なかったんだ」
と言うと、水野さんが目に見えて落胆したように肩を落とした。
「ど……どうしたの?」
と僕は水野さんにそう訊いた。
すると水野さんは、こう答えたのだ。
「奥野君と相合傘ができたらと思って、いつも傘を持って無いフリをしてたのに……」
……これは、どういう事だ?
水野さんは何を言っている?
いつも傘を持って無いフリをしていた?
「……えっと……それはどういう……?」
今度は僕が混乱をする番だった。
お礼の言葉もどこかに消えてしまった。
しかし水野さんはカバンの中から折りたたみ傘を取り出すと、
「狭いけど……、一緒に入る?」
と言いながら傘を開き、僕の腕を取るではないか。
「あ……あの……」
と僕がしどろもどろで言葉を失っているにも関わらす、水野さんは、まるで「晴れグループ」が言う様な事を僕に言った。
「奥野君、私達、付き合わない?」
「え、あ、はい!」
僕は何が何だか分からないうちに、肯定と捉えられる返事をしてしまったらしい。
水野さんの表情はみるみる明るくなり、その表情はまさに「晴れグループ」のそれだった。
「やった! これからも宜しくね!」
と、これまで見た事も無い顔をする水野さんが、僕の腕をギュッと引き寄せて、二人は肩を寄せ合う形になった。
「あ、あの……狭くない?」
と僕が聞くと、水野さんは
「ぜんぜん!これくらいで丁度いいのよ」
と言って、眩しささえ感じる様な笑顔を僕に見せる。
未だに頭が混乱している僕に、水野さんは降りしきる雨を気にするそぶりも見せずにこう言った。
「今日は、いい天気だね!」
……これが、僕に初めてできた「彼女」という存在についてのお話なのだ。
曇り男 おひとりキャラバン隊 @gakushi1076
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