第3話 Crossroad

・・・いや、だめだ。全く思い出せない。僕が自殺しようとした理由。

方法なら後で家族から聞いた。練炭自殺である。一酸化炭素中毒になり、脳が一時的に酸素不足になり、記憶に障害が残ったのだと。


『この度はご愁傷さまでございます。二人ともつらかったけどよく頑張ったね。』あとから僕の両親が到着した。もう僕は50代なので両親は70歳後半だ。両親も自分よりも孫の方が先に逝くとは思ってもみなかっただろう。とは言っても両親には生まれた当初すぐ伝えた。理由は覚えていないが、看病するときになったときに助けてもらいたいとか後々まで隠し通せないからとかそんな理由だろう。


『二人とも今日はうちに来てゆっくりしなさい。』医師から死亡診断書を受け取り、タクシーで両親と美幸、僕の4人で僕の実家に帰ることにした。

僕の実家は3LDKの間取りで弟と4人暮らしをしていた。実家に着くと僕が住んでいたそのままだった。

僕と美幸はリビングに通され、母が出してくれたお茶をすする。『本当に、よくがんばったね。あの子は幸せだったよ。あなたたちのおかげ。』『つらかっただろう。でもあなたたちは悪くない。誰も悪くないんだ。』

つらいときに家族の存在はありがたい。特に両親は僕のことを思ってくれてねぎらってくれる。つらかった看病生活、ついに来てしまったXデー。解放とともに訪れる虚無感、すべての感情がこみあげて涙した。


食欲が全くない中でも夕食は食べられた。懐かしいおふくろの味だからか。それとも朝から何も食べていないからか。口の中で味がバチバチとはじけ飛んだ。空腹のときにおいしいものを食べるとこうなる。優しい味噌汁の味が僕を癒してくれた。多少気持ちが落ち着くことができたようだ。

『僕が18歳の時に自殺したことって覚えている?なんでそんなことしたのかなー』こんな時にこんな話をするべきじゃないし、したくもなかったが、こんな時じゃないと聞けない気もした。

『18歳のころのこと?それは・・・まあ、昔の話よ。あのころのあなたは・・・。いやなんでもないわ。あなたは悪くないの。誰も悪くないのよ。そんなこと気にしないで。今は美幸さんを支えてあげなさい。』

母は自分のマグカップ1点を見つめながらこう言った。父は一瞬目を伏せたように感じた。二人とも僕の目を見ようとしなかった。


風呂上がりに元自分の部屋でぼーっと過ごす。僕の元部屋は2階にある。感傷に浸りながら天井を見上げていると天井のシミが涙のような形になっていることに気づいた。昔住んでいた時も同じシミがあったと思うが、家族が亡くなって敏感になっているのだろう。同じシミでも今では涙のように見えた。天井も泣いている。

かすかな泣き声が耳の奥で鳴った気がした。

いや、気のせいだ。完全に。天井が泣く訳ない。完全に病んでいる。


ふと視線を落とすと床に薄くほこりが積もっていることに気づく。僕が家を出てからあまり掃除されていないのであろう。キッチンからアルコールペーパーを持ってきて掃除をすることにした。学生がテスト勉強期間になるとやたらと部屋の掃除をするのと一緒だ。人は現実から離れたいときに掃除をしがちだ。

指先で押すと床板がかすかに沈み、鈍い音を立てて持ち上がった。そこには小さな収納スペースがあった。中には僕の子供の頃からのアルバムがしまってある。ちょうど高校生くらいのころのアルバムを傾けた瞬間、何かがひらりと落ちた。床に落ちたのは黄ばんだ封筒だった。封筒に触れた指先がかすかに震えた。寒いわけでも疲れているわけでもない。ただ触れてはいけないものに触れたようなそんな感覚だった。


封筒を持つ指が紙の端をうまくつかめない。やっとの思いで封筒を手に取る。封筒の表には震えるような筆跡で僕の名前が・・・いや、これは僕の字だ。18歳のころの幼い字だ。封筒を開けてみると胸の奥がざわついた。


「ごめん、僕はあの子を____」


そこで文章は途切れていた。というか文字がにじんで先が読めなかった。

喉の奥がひりついた。息を吸うのも忘れたまましばらく動けなかった。あの子?誰のことだ?僕の記憶の空白地帯にこの封筒が関係している気がした。


18歳の頃の僕を知っているのは親だけだ。さっきの濁すような両親の反応も気になる。

何を隠している?僕は両親に聞いてみる決意をした。


階段を降りる音が心臓の鼓動で聞こえない。

1階に降りると両親はテレビを見ていた。会話はない。孫の死去で悲しみに明け暮れている雰囲気が嫌で雑音を流しているに過ぎない光景だった。


『ねえ、さっきの話だけどさ・・・』

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