第2話 Destiny

妻の美幸と僕との出会いは高校受験の塾だった。僕の担当は数学。数学は女の子は苦手にしやすい。授業が終わると美幸以外の生徒も質問に来る。

美幸と直接話したのは確か相似(そうじ)の授業の後だ。

相似とは形は全く同じだけど大きさが違う図形の関係のことだ。


『先生、この問題なんですけど、辺の長さが2倍になったから面積も2倍でしょ?』『いいや。面積は4倍になるよ。実際の数字で計算してみようか』

美幸は綺麗だ。まだ中学生でありながら容姿は大人びており、塾のマドンナ的存在だ。説明に集中できず、見とれてしまう。こんなに僕に質問に来ているのに美幸が数学を苦手にしているのは僕が教えるのにあまり集中できていないせいかもしれない。今になって申し訳ない気持ちになってくる。

いや、むしろ僕はこの状況を喜んでいたのかもしれない。美幸が数学が得意になり、僕に質問に来なくなると美幸と二人きりで話すことができなくなってしまう。生徒の勉強よりも自分の欲を優先していた。教師としては最低であろう。ただ、自分の気持ちが周囲の人にばれることはない。指導熱心な講師だといって人気もあった。美幸だけ特別扱いしていると思われないよう他の生徒にも熱心に教えていたからだ。


一方の美幸側も僕と話すことは嫌いではなさそうだった。質問以外にもプライベートの話を僕に聞かせてくれた。幼少期に両親ともに病気なくなり、里親のもとで暮らしていること、里親の苗字である佐藤を名乗っていること、誕生月は8月、血液型はAB型・・・などなどだ。ちなみに僕も血液型はAB型。AB型は一番少ない人種であるからかなぜか変わっている人と思われやすい。血液型なんてただの赤血球の表面の糖鎖の違いでしかないのに。

ただ、美幸と僕は血液型のせいか、結構馬が合っていたのである。友達の男講師から羨ましがられた。

『佐藤美幸さんって君と話す時が一番楽しそうだよね。というか君もだけど。似たもの同士、同類って感じ。二人ともスクールカーストの上位に居続けるような雰囲気だよね。』

そう。美幸が美人なのはそうなのだが、僕もそれなりにモテる容姿なのだ。中学校から高校あたりは勉強もでき、容姿もそれなり、スポーツもそれなり。自分の妄想の中で自分で自分をイケメンと言わないくらい性格もいい。


高校の時は彼女もいた・・・はず。その辺の記憶はない。自殺未遂で記憶喪失になってしまっていたからだ。自殺未遂も家族から言われだけなので、もしかしたら僕も何かの病気なのかもしれない。僕も息子とは違う難病にかかっていて、数年後死ぬのかもしれない。僕の遺伝で息子が難病に?そんな疑問もわいてくる。


美幸は中学卒業後、地元の公立高校に進学。僕との関係はそこで終わり、かなり僕は悲しんだ。一生中学3年生でいてほしかった。もう会えなくなってしまう。僕の授業のモチベーションはどうしたらいいのか、美幸は高校で新たな出会いがあり、中学の時に親しかった塾の数学おじさんのことなんてすぐ忘れてしまう。

・・・と思っていたら関係は続いた。美幸は僕の塾でアルバイトをすることになったからだ。里親も育ててくれた確かな親とはいえ、美幸にとっては他人である、少しでもお金を稼いで里親を楽にさせたいという気持ちもあったのだろう。

そのころから僕は美幸と一緒に出掛けたり、ご飯を食べたりするようになった。はじめはお金に苦労している苦学生にご飯を提供するような善人の気持ちでいたが、次第に心惹かれていった。・・・いや白状しよう。これはラブストーリー映画じゃない。僕が振り返る現実だ。美幸と過ごせる時間すべてが幸せだった僕から誘ったのだった。結婚までの道のりの回想中はホイットニー・ヒューストンの『I Will Always Love You』が流れる。朝一番で採れたオレンジをそのまま絞ったジュースのような、そんな濃くて甘酸っぱいものだった。二人でカフェで閉店までくだらないことで話し続けたり、青春18きっぷを買っていけるところまで小旅行したり。小旅行とは言っても宿泊まではしていない。これは本当。僕は大人だが、美幸はまだ高校生だ。下手したら僕が捕まってしまう。僕は周りにもばれるのは嫌だったのでできる限り若作りをした。高校生同士と思われるためだ。30歳半ばのおじさんの若作りは見るに堪えないものだったのかもしれないが、誰かに僕たちの関係を突っ込まれることはなかった。


美幸と僕はそのあと結婚した。僕が36歳で美幸が18歳の時だ。18歳まで待ってから結婚したということになる。

僕の罪を振り返るところが僕の惚気話ばっかりになってしまったが、それだけ僕たちは幸せだった。結婚してからも僕たちの関係は変わらない。家族ができるって本当にいいものだと思った。

夫婦は長年連れ添うとどんどん似てくるという。僕たちもそうだった。もともと気が合うところもあったが、笑うタイミング、ちょっとしたしぐさ、好きな食べ物、などなど気の合う二人だった。近所からも羨ましがられていたに違いない。最高の結婚生活だった。なかなかできなかった子供も結果作ることができ、今まさに亡くなったところだが、良いことを思い出せば悲しみを軽減できる気もする・・・。そんな単純なものじゃないか。


でももっと思い出してみよう。

記憶をなくしてから塾講師になるまでの間どんなことがあっただろうか。いやそこよりも、僕はなぜ自殺しようとしたんだろうか。18歳の僕には何があったんだろうか。

とにかく何か考えていないと絶望の淵に追いやられる気がして僕はもっと過去を振り返ることにした。

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