後編 最後の決断は

 二時間後。

 今度は三名が消えた。いや「喰われた」。先の二名は面識がなかったが、今回の三名にはよく知った人間、将棋が大好きだったタケルが含まれていた。彼はマグネット付きの将棋の駒を無重力や低重力空間で使っていた。知っている人間が喰われた――それだけで恐怖心は増した。

 あれから、何の対策もできないまま時間だけが過ぎた。

 私はエンジンの出力を最大にするように指示したが、試しても効果がなかったという返答があった。どうにもこの船如きの推進力では、逃げられないようだった。

「少なくとも、私は食べられていない。起きている人間が無事なら――」

「クルー全員を起こすというのは、賛成できかねます。酸素や食料等のリソースが一気に減ってしまい、今後に支障をきたします」

 スバルは私が言おうとしたことを先読みしていった。

「それに、今から覚醒かくせいフェーズに入っても、一斉に起こすのには十二時間掛かります」

「……じゃあ、却下」

 私はメインデッキの中を歩き回りながら考えていた。

 食べる……なんらかの生物に捕食されているのは間違いない。だが、その正体が掴めない。

「相手が知性ある生物なら、呼びかけてみれば……」

「それも、しています。可能な限りの周波数の電波で呼びかけていますが、応答はありません。相手に答える知性が無いのか、あえて無視しているのかは判断が付きかねますが」

 私の考えることぐらいはスバルでも思い付くか……やっぱり、人間が起きていても大差ないじゃないか。

「いっそのこと、障害物破壊用のミサイルでも撃ってみるか?」

 もうヤケだ。闇雲やみくもに撃っても多少は効果があるかもしれない。

 この船には、衝突が避けられなくなった時の非常用ミサイルが搭載されている。その威力は小惑星ぐらいなら粉砕できる。

「対象が確認できないのにですか?」

 スバルがあきれているように感じる。

 まあ、そうだろうな。生物がこの空間にひそんでいるとは考えられるが、それ以上考えが進まない。

 ん? 空間に潜む? ……!?

「そうか……分かった」

「どうされました?」

「対象の生物はこの空間のどこかに居るんじゃない……空間そのものだ!」

「それは、一体なんですか?」

「だから、空間そのもの……この宙域が一つの、いや微小な群体かもしれないが、生物なんだ。有機生物と違う。『空間生物』とでも呼ぶべきか?」

「そんな生物、今まで確認されていませんが……」

「ああっ! 頭の固いAIだな! とにかく、捕らえられたこの宙域を出ればきっと助かる!」

 私はメインデッキの操作盤を見つめた。この作戦なら、いけるはずだ。

「スバル! ミサイル発射はできるな?」

「はい、可能ですが……どこに?」

「可能な限り、船の近くで爆発させてその衝撃を推進力にしろ! もちろん、エンジンを最大出力にするのと合わせてな!」

「し、しかし……船体が損傷……」

「直せる範囲なら構わない! どうせこのまま捕らわれていたら全滅だ! ……ほら、船体の損傷が最小限でなおかつ最大限の推力を得られる場所を計算しろ!」

「了解しました!」

 スバルの計算に従って、ミサイルを船の近くに射出。そのまま爆発させる。

 船体に大きな揺れがあって、私は情けなく転がったが、笑っていた。

 爆発とエンジン出力最大による無茶な加速。壁に押し付けられて少し息苦しくなる。船体が歪んでいるのかギシギシという不穏な音が聞こえる。

 船の繊細なコンピュータ類に負荷が掛かったかもしれないが、全滅するよりマシだ。

 私の意識は笑いながら薄れていった。


「ナオキ様! 起きてください!」

「ん……どうなった?」

 私は頭をかきながら起き上がった。

「あれから、クルーの消失は起きていません。航行も正常です。あなたの推測通りだったようです」

「そうか……逃げ切ったか」

 まだ頭がぼんやりするが、悪い気はしない。これで「勝った」のだ。

「予定されていた航行ルートからのズレと破損状況は?」

「それは現在、軌道修正中です。船の破損個所も、数日中には宇宙用ドローンで修理可能です」

 ああ、問題なさそうだな。スバルのやつ、破損がどうとか言っていたが全然気にする必要なかったじゃないか。

「五名のクルーが犠牲となりましたが、これは貴重な記録です」

「あ、ああ……」

 ディスプレイには、船内の空気組成の微弱な変化が表示されたままだ。

 これと消失した際の動画は貴重な証明となるだろう。これらを見れば、頭の固い連中も「空間生物」の存在を信じるかもしれない。

「地球に送る前に、記録をまとめておく必要があるな。手伝ってくれ」

「了解しました」

 私は深いため息をつくと、その作業を開始した。

 犠牲になった者には気の毒だが、私がなげいたところでどうなることではない。元々、彼らも危険を承知で志願した者だ。

 それなら、後世のために記録を残すことを優先すべきだ。

「あの……」

「ん? なんだ?」

「人間を一名、待機させる意味が分かった気がします。私では未知の危険に対して仮説を立て、大きなリスクを覚悟で対処することはできませんでした」

 なるほどな――私は報告書を入力しながら思った。

 AIは「既存」の危機に対しては有効だが、記録にない「未知」の危機に対しては対処が困難になる。

 また、安全上の都合もあるだろうが、今回のように船体を破壊してでも、という大きな「リスク」を伴った行動はできない。

 要するに、最後の最後には人間任せになる訳か……やれやれ、便利なようで融通ゆうずうが利かないシステムだな。

「報告は後回しにして、一眠りしたくなってきた」

「眠気覚ましにコーヒーをご用意いたしましょうか?」


 二週間後、地球より連絡があった。

 空間生物――その存在と危険性を認め、その宙域には人間は立ち入り禁止とする。

 もっとも、無人探査機を送り込み、今後も研究対象とする、とのことだった。

「ふわ~あ」

 私は大きなあくびをした。

「あの……もう少し真面目にしていただけませんか?」

「また『眠れる』ようになるまで二ヶ月以上あるんだぞ。真面目になんかしてられるか」

「しかし、またあのようなことがあれば――」

「また? まさかそう何度もあんなこと起きないって」

「はあ……」

 スバルは曖昧あいまいな返事をした。


 そうそう。あんな事件、そう滅多めったに起きない――その時の私はまだそう思っていた。

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虚空の捕食者 異端者 @itansya

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