第四話 公開処刑と孤独な着信

月曜日の朝。首都圏の通勤ラッシュはいつも通りの無機質な活気に満ちていた。だが、駅の売店やコンビニの雑誌コーナーだけは、異様な熱気を帯びていた。

平積みされた週刊誌『週刊真相』の表紙。そこには、赤と黒の極太明朝体で、衝撃的な見出しが踊っていたからだ。


『名門大テニスサークル「ゴールデンライオン」の闇! 伝統と称した組織的性暴力と、政財界OBへの「人身御供」実態をスクープ!』


電車の中で、スマホでニュースを見るサラリーマンたちが眉をひそめ、女子高生たちが「うわ、キモっ」「これ、あの大学じゃん」と囁き合う。

SNSのトレンドワードは、瞬く間に「#ゴールデンライオン」「#鬼畜サークル」「#集団レイプ」という言葉で埋め尽くされた。


俺、相田啓人は、大学近くのカフェのテラス席で、冷めたコーヒーを啜りながらその様子を眺めていた。手元のタブレットには、俺と須藤さんが立ち上げた告発サイトのアクセス解析画面が表示されている。

アクセス数は、秒単位で数万件ずつ跳ね上がっていた。


「……始まったな」


対面に座る須藤さんが、満足げにタバコの煙を吐き出した。彼の目の下には濃い隈があるが、その表情は憑き物が落ちたように晴れやかだ。


「ああ。これでもう、揉み消せませんね」


サイトには、記事には載せきれなかった詳細な証拠データが掲載されている。もちろん、被害者のプライバシーには配慮しているが、加害者である一条聖也や幹部たち、そして現場にいたOBたちの顔は、モザイクなしで晒し上げている。

さらに、動画の一部も公開した。あの「夏合宿」の狂乱の宴。一条が「伝統」を叫び、玲奈がそれを肯定し、OBたちが卑猥な言葉を投げかける音声。


ネットの反応は凄まじかった。


『うわぁ……これ完全に犯罪じゃん』

『この男、一条グループの御曹司だろ? 親父の会社も終わりだな』

『OBに県議秘書とかいんの? 終わってんなこの国』

『てか、この女(笑)「ありがとうございます」とか言ってて草。洗脳されすぎだろ』

『被害者ヅラすんなよ。完全に共犯者じゃん』


画面をスクロールする指が止まる。玲奈に対するコメントは、同情よりも軽蔑と嘲笑が圧倒的に多かった。

当然だ。動画の中の彼女は、自らの意思で服を脱ぎ、他の女子学生が襲われている横で、特権階級気取りで笑っていたのだから。世間は彼女を「可哀想な被害者」ではなく、「権力に擦り寄り、同性を売った悪女」として認定したのだ。


「警察も動いたぞ。さっき、県警と警視庁の合同捜査本部が立ったって情報が入った」


須藤さんのスマホが震え続けている。各社からの取材依頼だろう。


「大学の方も大騒ぎだそうだ。キャンパス前にマスコミが殺到してる。一条たちはまだ合宿所からの帰りのバスの中だろうが……帰ってきた時が楽しみだな」


俺はコーヒーを飲み干し、立ち上がった。


「行きましょう、須藤さん。最後の仕上げを見届けに」


***


大学の正門前は、怒号とフラッシュの嵐だった。

テレビカメラの放列が待ち構える中、サークルの貸切バスが到着する。学生たちはまだ、自分たちが地獄の入り口に立っていることを知らず、二日酔いの頭を抱えながら気怠そうに降りてきた。


「一条さん! 週刊誌の記事は事実ですか!?」

「組織的な暴行を行っていたというのは本当ですか!」

「OBへの性接待を斡旋していたというのは!?」


バスのドアが開いた瞬間、無数のマイクが突きつけられる。

先頭で降りてきた一条聖也は、サングラスをかけ、不機嫌そうに記者を睨みつけた。


「あ? なんだよお前ら。邪魔だ、どけよ」


彼はまだ状況を理解していなかった。親の権力があれば、多少のトラブルなど握りつぶせると信じているのだ。

だが、その傲慢な態度は、次の瞬間に粉砕された。


「一条聖也! 準強制性交等、および逮捕監禁の容疑で逮捕状が出ている! 一一時の方向で確保!」


怒鳴り声と共に、スーツ姿の男たち――捜査員が一斉に雪崩れ込んだ。

記者たちが左右に割れ、確保の瞬間をカメラに収める。


「は? 警察? ちょ、待てよ! 俺の親父が誰だか知ってんのか!?」

「署でたっぷり聞いてやるよ。連行しろ!」

「離せ! 触るな! 親父に電話させろ! おい、誰か親父を呼べ!」


抵抗する一条の手首に、冷たい手錠がかけられる。その瞬間、彼の顔から血の気が引き、今まで見せたことのない情けない悲鳴を上げた。


「嫌だ! 嘘だろ!? 俺は選ばれた人間なんだぞ! なんで俺がこんな目に!」


カリスマの仮面が剥がれ落ち、ただの親の脛かじりのガキがそこにいた。

そして、その後ろから降りてきた西園寺玲奈。

彼女は白いワンピース姿で、事態が飲み込めずに呆然と立ち尽くしていた。


「え……嘘、一条先輩? なんで手錠……」


彼女の視界に、無数のカメラのレンズが向けられる。

フラッシュの閃光が、彼女の顔を白く焼き尽くす。


「君が西園寺玲奈さんだね? 記事にあった『クイーン』というのは君のことかな?」

「動画で見ましたよ、あんなことして恥ずかしくないんですか?」

「他の女子学生が襲われている時、あなたは何をしていたんですか?」


容赦ない記者たちの質問攻め。

玲奈は後ずさり、助けを求めるように周囲を見渡した。だが、頼りの一条はパトカーに押し込まれ、他の幹部たちも次々と確保されている。

彼女が誇りにしていた「サークルの仲間」たちは、皆、自分の顔を隠して逃げようと必死だった。


「ち、違います……私は……私はただ、愛されて……」


震える声で何かを言い訳しようとした時、彼女の足元に何かが投げつけられた。

生卵だった。

野次馬の中にいた、おそらくこの大学の一般学生が投げたものだ。黄色い液体が、彼女のお気に入りの白いワンピースを汚していく。


「ふざけんな! お前らのせいで大学の恥だ!」

「ヤリマン! 消えろ!」

「被害者の子に謝れ!」


罵声の雨。

玲奈は崩れ落ちるようにその場に座り込んだ。

「いや……嫌ぁぁぁぁぁっ!!」

彼女の絶叫が響き渡る。だが、誰も手を差し伸べない。

かつて彼女が「選ばれた者の特権」だと信じていた場所は、今や断罪の処刑台と化していた。


遠くからその様子を見ていた俺は、胸の奥にあった黒い塊が、すうっと溶けていくのを感じた。

ざまぁみろ、とは言わない。

ただ、因果応報という言葉の意味を、これほど鮮烈に理解した瞬間はなかった。


「……終わりましたね」

「ああ。だが、これからが本番だ。裁判、賠償、社会的制裁。奴らの人生はずっと冬の時代だ」


須藤さんが肩を叩いてくれた。

俺は頷き、背を向けた。

もう、見るべきものは何もない。


***


それから、一ヶ月が経った。

季節は完全に秋へと移り変わっていた。


事件の余波は凄まじかった。

一条聖也を含む主要メンバー二十名が逮捕。関与したOBたちも芋づる式に検挙され、大企業の役職解任や懲戒解雇が相次いだ。大学側は理事長が辞任し、サークルは解散、関係した学生は全員退学処分となった。

一条の父親も、贈賄疑惑で特捜部の捜査が入り、会社は株価暴落で倒産の危機に瀕している。


そして、西園寺玲奈。

彼女は在宅起訴となったが、実名と顔写真がネット上に半永久的に残る「デジタルタトゥー」を刻まれた。

実家は特定され、両親は店を畳んで夜逃げ同然に引っ越したという噂を聞いた。彼女自身も、大学を追放され、精神を病んで引きこもっているらしい。


俺は、大学に休学届を出し、新しい街へ引っ越す準備をしていた。

この騒動で俺の名前が出ることはなかったが、あの街にいるとどうしても嫌な記憶が蘇る。心機一転、別の大学への編入試験を受けるつもりだ。


引越し作業を終えたガランとした部屋で、俺は最後の荷物をダンボールに詰めていた。

その時、テーブルの上に置いておいた「古いスマートフォン」が震えた。

解約せず、引き出しの奥にしまっておいた、玲奈との連絡専用の端末だ。


ブブブ、ブブブ。

画面に表示された名前は『玲奈』。

着信は一度や二度ではない。ここ数日、通知が鳴り止まないのだ。


俺は一度だけ、深く息を吸い込み、通話ボタンを押した。

耳に当てても、俺からは何も言わない。


『……あ、あ、啓人……? 啓人なの!?』


スピーカーから聞こえてきたのは、枯れ果てたような、掠れた声だった。かつての鈴を転がすような声の面影はない。


『よかった、やっと繋がった……! ねえ、助けて、啓人。私、騙されてたの。一条たちに無理やり薬を飲まされて、あんなこと言わされてたの!』


嘘だ。

動画の中の彼女は、シラフの時から喜んで彼らに従っていた。薬の影響はあったかもしれないが、彼女の根底にあった虚栄心と承認欲求が、あの地獄を招いたことは明白だ。


『ネットの人たちが、家の周りに来るの……怖いよ。お父さんもお母さんも、私のこと疫病神だって言って、出て行っちゃった。私、一人なの。食べるものもないの……』


彼女は泣きじゃくっていた。


『啓人なら、分かってくれるよね? 私たち、愛し合ってたじゃない。あの頃に戻りたい。啓人の作ったオムライスが食べたい。ねえ、今から会いに来て。私、何でもするから。啓人の言うことなら、なんだって聞くから……!』


「何でもする」、か。

その言葉が、かつて彼女が一条に向けていた「ありがとうございます」という言葉と重なる。彼女は何も変わっていない。ただ、依存する相手を、墜落した一条から、安全圏にいる俺に乗り換えようとしているだけだ。


『ねえ、なんか言ってよ。啓人、愛してるよ。私にはあなたしかいないの。お願い、捨てないで……』


俺は、窓の外に広がる新しい街の夕焼けを見つめた。

そこには、無限の可能性と、穏やかな日常が広がっている。

その景色の中に、彼女の居場所はない。


「……悪いけど」


俺は静かに口を開いた。


「おかけになった電話番号は、現在使われておりません」

『え……?』

「あなたの愛した相田啓人は、もういません。そこにいるのは、あなたが殺した『退屈な凡人』の亡霊だけです」

『嫌……待って、切らないで! 啓人! ごめんなさい、私が悪かったの! 許して! 一人にしないでぇぇぇっ!!』


彼女の絶叫が鼓膜を打つ。

後悔。恐怖。孤独。

それら全てをひっくるめた、魂の悲鳴。

だが、俺の心は驚くほど静かだった。波ひとつない湖のように。


「さようなら、西園寺玲奈さん」


指先一つで、通話を終了する。

そして、設定画面を開き、SIMカードのロックを解除。

裏蓋を開け、小さなチップを取り出す。


俺はアパートを出て、近くの橋の上まで歩いた。

眼下には、秋の長雨で増水した川が、黒々と渦を巻いて流れている。


掌に乗せたSIMカードと、古いスマートフォン。

そこには、楽しかった高校時代の思い出も、大学入学の喜びも、そして裏切りの絶望も、全てが詰まっている。


「……元気でな」


皮肉でもなんでもなく、ただの独り言として呟き、俺はそれを川へと放り投げた。

小さな水飛沫が上がり、すぐに濁流に飲み込まれて見えなくなった。


物理的な重みが消え、それ以上に精神的な重枷が外れた気がした。

ポケットの中には、新しいスマートフォンが入っている。

そこには、先日知り合った川澄麻衣さんからのメッセージが入っているはずだ。『今日、新しいカフェ見つけたんです。よかったら一緒に行きませんか?』という、ささやかで、けれど温かい誘いが。


風が吹いた。

冬の匂いを含んだ冷たい風だが、今の俺には心地よかった。


俺は踵を返し、駅へと向かって歩き出した。

背後で、誰かの泣き声が聞こえたような気がしたが、振り返ることはなかった。

俺の人生は、ここからまた新しく始まるのだから。

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