農奴の俺、天職が支配者らしいんですが本当に合ってます?

茶電子素

第1話 自覚

身長二メートル、体重百四十キロ。

筋肉は盛り上がり、胸板は岩のように分厚く、首は当然、切り株より太い。

そして、額がやたらと広い。

というか年齢のわりにやけに涼しい……泣ける。


――そう……俺は若ハゲだ。


名前はゴロウ。

姓なんてものはない。

農奴にそんな贅沢は許されていないからだ。


住んでいる場所は、

地図の端っこにすら描かれていないような辺境の村、ドロマ村。

領主様の代官が『税を取りに行くのも面倒』と愚痴るレベルのド田舎だ。


そんな村で俺は今日も黙々と畑を耕している。


――現在、労働時間十八時間目。


「ゴロウ、手ぇ止まってんぞ!」


後ろから怒鳴り声が飛んできた。

声の主は監督役の農奴頭、ボラさんだ。

五十前後、腹は出ているが目つきだけは鋭い。


「すみません、ぼーっとしてました」


「ぼーっとする時間があるなら土を掘れ。お前の腕ならもうひとうねはいけるだろうが」


そう言ってボラさんは俺の肩を軽く小突く。

軽くのはずだが、普通の人間なら吹っ飛ぶような力加減だ。

だが俺の体はびくともしない。

二メートル百四十キロは伊達じゃない。


ちなみに、

この体格は目標や目的のために努力して手に入れたものではない。


毎日十八時間の重労働と、

『腹が減ると働きが落ちる』という理由で与えられる、

家畜の餌同然の大量の食事。


過食と、休みのない労働。

その負のループの結果が、このゴリマッチョだ。


おかげで足も腰も丈夫になった。

だが、代わりに髪がどこかに旅立った。

人生、だいたい帳尻が合うようにできているらしい。


「……しかし、今日は変な日だなあ」


鍬を振り下ろしながら独り言が漏れる。

朝から村の空気が落ち着かないのだ。

普段なら畑のあちこちからため息や愚痴が聞こえてくるのに、

今日は妙に静かで、やたらと視線を感じる。


ちらりと顔をあげると、

少し離れたところで同じ農奴仲間のミナがこっちを見ていた。

細身で、日焼けしているけれど目の大きい女の子だ。

年は俺と同じくらいだろうか。

――俺と違って髪はふさふさだ。


目が合うと、ミナは慌てて視線をそらし、鍬を振るうふりをした。

『ふり』というのは、まるで力が入っていないからだ。

鍬が地面に刺さってすらいない。


(やっぱり、絶対何か知ってるよな……)


そう思っていると、背後からまた声が飛んできた。


「ゴロウ、ちょっと来い」


ボラさんだ。いつになく真面目な顔をしている。


「仕事がまだ……」


「いいから来い。どうせお前の仕事量なら、あとで帳尻合わせられる」


それ、褒められてるのか都合よく使われてるだけなのか判断に困る。


ボラさんに連れられて畑を出ると、

村の中央にある広場へ向かうことになった。

普段は収穫祭のときくらいしか人が集まらない場所だが、

今日はいつになく人が多い。

村人が輪になって、その中心を落ち着かない様子で見つめていた。


輪の真ん中には、見慣れない紋章を掲げた馬車。

その側に立っている妙に飾りの多い服を着た男が、

あからさまに『俺は偉いんだぞ』オーラを出している。


「やっと、来たな」


その男――ああ、この顔は知っている。

代官の息子、ギルバート・ダラン。

俺たち農奴からすれば、話すことはおろか、

名前を口にするだけでも緊張する存在だ。


ギルバートは俺を見ると薄く笑った。


「お前がゴロウか。ふむ……噂どおりだな」


噂ってなんだ。

ハゲの話だったら泣くぞ。


「ええっと、何か御用でしょうか」


俺が頭を下げると、ギルバートはわざとらしくため息をついた。


「お前ごとき農奴が私に話しかけるなど、身の程知らずも甚だしいが、今日は特別だ。……天が与える娯楽というものを、みすみす逃すのは趣味ではなくてな」


何を言っているのかさっぱりわからない。

周りの村人たちもざわついている。誰も状況を理解していないらしい。


「ボラ」


「は、はい!」


呼ばれたボラさんが前に出る。

さっきまでの威圧感は一瞬で消え、完全に下っ端の顔になってる。


「例の件、こいつで間違いないのだな?」


「は。身長二メートル、体重百四十キロ、農奴、若ハゲ……該当者はこいつだけでございます」


最後の情報要る?ねえ、それ、いる?


ギルバートは満足そうに頷き、俺の目の前に一歩踏み出した。


「ゴロウ。お前に、天職判定の機会を与えてやる」


一瞬、周囲の空気が止まった気がした。


天職判定。

それは、この国で一生を左右する儀式だ。

簡単に言えば『お前の職業はこれ』と神様(神殿)が決めるイベントである。


だがそれは、基本的に貴族や一部の裕福な平民だけが受けられるものだ。

農奴には関係のない話。俺も噂でしか聞いたことがない。


「……農奴が天職判定を?」


思わず口から出てしまった言葉に、ギルバートは冷笑を浮かべた。


「そうだ。『特別に』だ。私の権限でな」


周囲がざわめく。

誰もが理解している。

この『特別』には、ほぼ間違いなくろくな意味がない。


ギルバートは続けた。


「もちろん、神殿で正式に受けるような立派なものではない。辺境用の簡易判定器だ。精度は多少落ちるが、農奴には十分すぎるだろう」


そう言うと、彼は馬車の影から黒い箱のようなものを取り出させた。

片側に透明な水晶がはめ込まれていて、上には見慣れない文字が刻まれている。


「こいつは失敗作なんだよ。貴族様の天職を測るには誤差が多すぎてな。だが、農奴の仕事分け程度の使い道はある。どうせ土を耕すか石を運ぶ位しか脳の無いお前にはぴったりだ」


笑い声が上がる。

ギルバートと、その取り巻きの兵士たちだ。

村人たちは笑えずに、ただ俯いている。


なるほど、つまりこういうことだ。

領主様のところで余った失敗作を、辺境の村で試してみる。

その見世物に、図体だけで見込みのなさそうな俺が選ばれた。


「お前は大きくて力も強いらしいからな。どうせ『労働奴隷』か『荷運び』あたりが出るだろうが、それを見て皆で笑おうじゃないかってな。まあ、ただの遊びだ」


……やっぱりな、と心のどこかで納得している自分がいる。

俺は農奴だ。生まれも環境も、どうしようもない。

隠された血筋も、眠っていた才能も、

そんな都合のいいものは、この人生には一つもなかった。


だからこそ、逆に少しだけ興味が湧いた。


「その判定とやらを受けると何か変わるんですか?」


ギルバートは少し意外そうな顔をしてから肩をすくめた。


「農奴なりに興味はあるようだな。まあ答えてやろう。当然、身分が上がるわけではない。だが私が『こいつはこれに向いている』と判断する材料にはしてやってもいい」


それがどういう意味か想像に難くない。

 『こいつは重労働に向いている』と判定されれば、

今以上に馬車馬のように働かされるのだろう。


……別に何も変わらんな。農奴の通常運転だ。


「わかりました。やってみます」


俺がそう答えると、なぜか周りから小さな悲鳴のような声が上がった。

そちらを向くと、ミナが涙目でこちらを見ている。


「ゴロウ、やめたほうが……」


ミナの言葉はギルバートの一喝で掻き消された。


「黙れ女。農奴風情が口を挟むな」


兵士の一人が、ミナの肩を乱暴に押しやる。

彼女は転びながらも、なお俺を見つめていた。

その視線に、何か言葉にできないものを感じる。


(心配してくれてるのか?……いや、違う?)


ミナの目には、恐怖と、諦めと、

それから……ほんの少しだけ期待が混じっているように見えた。

何に対する期待なのかはわからないが。


彼女の前で無能判定は、なんだか嫌だな……

ただ、ここで体裁を取り繕って逃げたら後悔してしまう気もする。


見世物になりたくなくて逃げてしまった自分を、

この先ずっと自分自身で馬鹿にし続けてしまうような……。


「ゴロウ。ここに手を置け」


ギルバートに促され、黒い箱の水晶部分に右手を乗せた。

ひんやりとしている。

神様の冷たさって、こんな感じなんだろうか……。


「これから、お前の天職が表示される。まあ、期待はするな。お前はお前だ。どこまでいっても、ただの農奴に過ぎん」


それは、多分正しい。

正しいのだが、妙に腹が立つ言い方だった。


箱の上部に刻まれた文字が、ぼんやりと光り始める。

見たことのない文字列が浮かび上がっては消え、また別の記号が現れる。


村人たちがごくりと息を飲む音が聞こえた。

ボラさんでさえ、緊張で手を握りしめている。


そして、箱がカチリと音を立てた。


「出たな」


ギルバートが前に出る。

箱の正面に回り込み、表示された文字を覗き込む。


その表情が一瞬だけ固まった。


「……は?」


聞いたことのない間の抜けた声だった。

ギルバートは目を瞬かせ、もう一度刻まれた文字をなぞるように見つめる。


村人たちのざわめきが徐々に高まっていく。


「ど、どうだったんで?」


ボラさんが、おそるおそる尋ねる。


ギルバートは、しばらく口をぱくぱくさせた後、絞り出すように言った。


「……職業、『支配者』」


広場が――しん……と静まり返る。


「え?」


思わず口から出た情けない声は多分俺だけじゃなかった。

誰も意味がわかっていない。


「し、支配者って、あの……」


村の老人の一人が、おそるおそる言葉を繋ぐ。


「王や貴族と同じ……類いの……」


「バカな!」


ギルバートが叫んだ。

顔が真っ赤になっている。


「こんな失敗作の判定器で、そんな天職が出るはずがない!農奴だぞ?よりによってこのウスノロのハゲだぞ!?悪い冗談にもほどがある!」


それ、一つ一つが地味に心に刺さるんだけど。


「で、でも坊ちゃま。文字はそう……」


「黙れ!これは誤作動だ!そうに決まっている!」


ギルバートは苛立ちまぎれに箱を叩いた。

だが、水晶は鈍く光を返すだけだ。


その瞬間、箱の側面から、もう一行――文字が浮かび上がった。


「また何か出たぞ……」


兵士の一人が指差す。

ギルバートが身を乗り出して確認する。


その表情がさっき以上に歪んだ。


「スキル……『簒奪』」


簒奪。

牧師様から聞いたことのある難しい単語だ。

たしか、尊い人の地位を奪い取る、とんでもなく悪い行為。


それを、そのまま名前にしたスキル。


「よりによって……」


ギルバートは額を押さえた。

周囲の村人も、ざわめくことすら忘れている。

ミナだけが、何かを理解したような顔で、俺を見ていた。


俺は、自分の右手を見つめた。

さっきまで、ただ鍬を握っていた手だ。


この手に『支配者』という職業と、『簒奪』というスキルが宿ったらしい。


でも――。


(……実感、まったくないな)


そりゃそうだ。

俺は生まれてからずっと畑を耕してきた。

身長二メートル、体重百四十キロの、若ハゲ農奴だ。

さっきまで鍬を振っていたのに、急に支配者とか言われてもな……。


「おい、ゴロウ」


ボラさんが小声で呼びかけてくる。

その顔にも、恐怖と、それから妙な期待が入り混じっていた。


「おい。体、何か変わった感じは……?」


「いえ。腹が減ってるのと、眠いのと、ちょっと恥ずかしいくらいで」


正直に答えると、なぜか周りが少しだけ和んだ。

たぶん、いつもの俺すぎて安心したのだろう。


「こ、こんな結果、認めんぞ……!」


ギルバートが苛立ちを爆発させる。


「もう一度だ!もう一度判定しろ!こいつは何かの間違いだ!農奴のくせに支配者などと――」


その言葉が終わる前に、俺の頭の中で何かが「カチリ」とハマる感覚があった。


視界がわずかに揺れる。

耳鳴りのようなものが、意識の奥底で鳴り始める。


そして、知らない声が直接脳に流れ込んできた。


『職業:支配者 確認』


落ち着いた、妙に抑揚のない声だった。

誰の声でもない。男でも女でもない。

人の気配を感じさせない、ただ『世界』が喋っているような感覚。


『固有スキル:簒奪 起動条件――"奪いたい"と明確に願うこと』


(……は?起動条件?"奪いたい"と明確に願う?)


そんなこと俺は――


「ゴロウ!」


名前を呼ばれて、現実に引き戻される。

目の前には、真っ赤な顔をしたギルバート。

その真後ろには、汗だくで不安そうな兵士たち。


「お前のような農奴が支配者など許されるはずがないのだ。これは不敬だ。神への冒涜だ。……そうだ。お前は、この場で処分する。それがいい」


広場が凍り付く。


処分、という単語に誰もが青ざめる。

俺は――正直、そこまで驚いてはいなかった。


農奴が『支配者』なんて職業を持ち得るなんて……

いや、すでに持っているなんて上の人間からしたら面倒この上ないだろう。


つまり、ここで「何も起こさなければ」俺の人生はこのまま終わる。


その瞬間、頭の中でさっきの声が、もう一度ささやいた気がした。


『起動条件――"奪いたい"と明確に願うこと』


(……奪う?俺が?)


何をだ?

領地か。

地位か。

命か。

そんな大それたこと、考えたこともない。


ただ、一つだけ胸の奥でちくりと疼く感情がある。

それは――

ミナが怯えた目でこちらを見ている。

さっき兵士に乱暴に押し倒されて蹲ったまま……震えながらこちらを見ている。


(……ああ、そうか)


俺は、自分でも驚くほど冷静に思った。


――奪われてきたものは、山ほどあったな。


ろくな食事もとらせてもらえず、まともな睡眠も、自由も。

生まれてからずっと、何かを差し出す側で……奪われる側だった。


この先も、ずっとそうだと思っていた。

死ぬまで、疑うことすらしないで過ぎるはずだった。


だけど今、目の前で、俺の全てを当然のように奪おうとしている。

平穏を。未来を。命を。


それを見て、ようやく自覚した。


(……奪い返したい、って思ってたんだな、俺)


胸の奥のくすぶりが、形になった瞬間――


『条件が満たされました』


あの声が、はっきりと告げた。


『固有スキル「簒奪」起動可能』


ギルバートが手を振り上げる。

兵士たちが武器に手をかける。

村人たちが息を呑む。


俺は、右手をゆっくりと握りしめた。


支配者。

簒奪。


このどうしようもない人生に、ようやく「違う何か」が割り込んできた。


そして――これだけは、はっきりと言える。


(少なくとも、今この瞬間、間違いなく俺は――)


奪う側になりたいと、心の底から願っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

農奴の俺、天職が支配者らしいんですが本当に合ってます? 茶電子素 @unitarte

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ