第3話 愚か者たちの末路と、冷酷な通告


 王都の空が鉛色の雲に覆われ、冷たい雨が石畳を濡らしていた。


 それはまるで、この国の政治の中枢である王宮と、騎士団本部の現状を暗示しているようだった。


「――なぜだ! なぜこんな計算も合わない! 先日の夜会の費用請求が、予算の三倍だと!?」


 王宮の執務室で、第二王子ジェラルドの怒鳴り声が響いた。

 彼の目の前には、未決済の書類が山脈のように積み上がっている。

 外交文書、予算案、陳情書。かつては魔法のように片付いていたそれらが、今は彼の周りで腐敗し始めていた。


「ジェラルド様ぁ~、まだ終わらないんですかぁ?」


 執務室のソファで寝転がっていた男爵令嬢ミリナが、退屈そうに欠伸をした。

 その手には高価な菓子が握られ、床にはドレスのカタログが散乱している。


「ミリナ……少しは静かにしてくれ。今、隣国との通商条約の不備が見つかって大騒ぎなんだ。セシリアがいれば、こんな初歩的なミスは……」

「またセシリア様の話ぃ? ひどぉい! ジェラルド様は、私との愛を選んだんでしょう? 仕事なんかサボって、新しいドレス買いに行きましょうよぉ」

「……お前、この国の財政がどうなっていると……っ!」


 ジェラルドはこめかみを押さえた。


 ミリナは「自由奔放」で可愛らしかった。だが、それは「責任」という重りを誰かが背負っている時だけの輝きだったのだ。

 セシリアという重石を失った今、ミリナの奔放さはただの「無知と浪費」でしかなかった。


 バンッ! と扉が乱暴に開かれた。


 入ってきたのは、左腕を包帯で吊り、顔に擦り傷を作った騎士アレンだった。かつての貴公子然とした姿は見る影もなく、泥と血の匂いが漂っている。


「ジェラルド殿下! もう限界です! 騎士団の被害が拡大しています!」

「アレン、どうしたその怪我は」

「北の森の残党狩りです!いつもなら無傷で終わる任務なのに、部隊の連携がガタガタなのです!魔導師たちの支援が遅いし、私の背中を守る結界がない!」


 アレンは悔しげに机を叩いた。


「カテリーナがいれば……彼女の結界さえあれば、私は英雄でいられたのに! 今の部下たちは私を『無能』を見るような目で見てくる!」


 二人の男は顔を見合わせ、そして同時に、ある一つの結論に達した。


「……迎えに行こう」

「ああ。やはり、彼女たちが必要だ」


 愛だの恋だのは、平和な時の遊びに過ぎなかった。

 彼らが必要としていたのは、自分たちの無能さを埋め合わせ、地位を保証してくれる「有能な道具」だったのだ。

 それに、あのローズベリー侯爵家が彼女たちを囲っているという噂も気に入らない。


「ローズベリー侯爵など、たかが女当主。王家の権威をもって命じれば、逆らえるはずがない」

「そうだ。ミリナ、お前も来い。女同士、あいつらに『戻ってくるのが幸せよ』と言ってやるんだ」

「え~、雨なのにぃ? ま、いいですけどぉ。あのお高い女たちが惨めに頭を下げるところ、見てみたいですしぃ」


 三人の愚か者は、馬車に飛び乗った。

 それが、虎の尾を踏みに行く行為だとは露知らず。


 ◇


 ローズベリー侯爵邸のサロンは、外の冷たい雨とは無縁の、暖かな紅茶の香りに満ちていた。


「あら。お客様のようね」


 リリアンヌがティーカップを置くと同時、執事が困惑した顔で入室を告げる間もなく、大扉が乱暴に開かれた。


「セシリア! カテリーナ! 迎えに来てやったぞ!」


 ズカズカと土足で踏み込んできたのは、ジェラルド殿下とアレン、そしてミリナだった。

 優雅な茶会を楽しんでいたリリアンヌと「花たち」の視線が、一斉に彼らに注がれる。

 その瞬間、男たちは息を呑んだ。


「……セシリア、なのか?」


 そこには、彼らの記憶にある「疲れ切った陰気な女たち」はいなかった。

 セシリアは肌艶も良く、自信に満ちた微笑みを浮かべている。カテリーナは宝石のような瞳を輝かせ、以前より数段美しくなっていた。

 リリアンヌの両脇に座る彼女たちは、まるで女神のようだった。


「……何の御用でしょうか、殿下」


 セシリアが冷ややかに問う。かつてのようにオドオドした様子はない。


「ご、御用じゃない! 迎えに来たと言っているんだ! 王宮も騎士団もガタガタだ。君たちの能力が必要なんだよ!」

「そうだよカテリーナ! 君だって、こんな女だらけの屋敷にいるより、次期騎士団長の妻になる方が幸せだろう?」


 アレンが手を伸ばそうとした瞬間。


「――汚らわしい」


 氷点下の声が響いた。

 リリアンヌだ。彼女は扇子を広げ、アレンの手とカテリーナの間に割って入った。

「私の手入れで美しく咲き誇った彼女たちを、貴方たちの泥だらけの手で触らないでくださる?」

「なっ……リリアンヌ! 貴様、王族に対して無礼だぞ!」

「無礼? 約束を違えたのはそちらでしょう。彼女たちを『捨てた』のは貴方たちです」


 リリアンヌは軽蔑の眼差しを隠そうともせず、優雅に足を組み替えた。


「彼女たちの心も体も、すでに私のものです。私の花園で、彼女たちは才能を咲かせ、私はそれを愛でる。ここには貴方たちが入り込む隙間など一ミリもありませんわ」

「やだぁ!女同士で愛でるだのなんだの、気持ち悪い!」


 ミリナが鼻で笑い、ジェラルドの腕にしがみついた。


「ねぇジェラルド様ぁ、こんな変な人たち放っておきましょうよぉ。王命で無理やり連れ戻せばいいじゃないですかぁ」


 その言葉に、ジェラルドが勢いづく。

「そうだ! これは王命だ! セシリア、カテリーナ、今すぐ戻れ! ……まあ、正妃や正妻にするのは無理だが、側室としてなら置いてやるぞ。ミリナの世話係としてな!」


 それが最大限の譲歩だとでも言うような口ぶりに、サロンの空気が凍りついた。

 セシリアとカテリーナが、怒りに立ち上がろうとする。

 だが、それより早くリリアンヌが動いた。


「ふふ……ふふふ」


 不気味なほどの、美しい高笑い。


 リリアンヌは立ち上がり、ゆっくりと男たちに歩み寄った。その圧倒的な威圧感に、ジェラルドたちが後ずさる。


「本当に……どこまでも救いようのない方々ですこと」


 リリアンヌは憐れむように首を傾げた。


「勘違いなさらないで。彼女たちが貴方たちの元に戻ることは、天地がひっくり返ってもありません」

「だ、だが! 家はどうする! 公爵家も騎士団長家も、跡継ぎが必要だろう! 女同士で子供が作れるわけがない! 貴族としての義務を放棄させるつもりか!」


 ジェラルドが最後の切り札を切った。


 そう、血の継承。こればかりは、いかにリリアンヌといえども否定できない貴族の鉄則だ。

 男たちは勝ち誇った顔をした。これで論破できると。


 しかし。


 リリアンヌは、待っていましたとばかりに、妖艶な笑みを深めただけだった。


「ええ、その通りですわ。貴族として、血を繋ぐのは重要な義務。私の愛する花たちに、家が断絶するような汚名は着せられませんもの」

「だ、だろう!? なら……」

「ですから、ご安心なさい」


 リリアンヌは扇子を閉じた。パチン、という音が、断頭台の刃が落ちる音のように響く。


「貴族としての義務は果たさせてあげますわ。――種だけ、よこしなさい」

「……は?」


 ジェラルドとアレン、そしてミリナが、間の抜けた声を上げた。

 言葉の意味が理解できず、口をパクパクさせている。


「た、種、だけ……?」

「ええ。必要なのは貴方たちの血統…血を繋ぐだけ。行為など不要ですわ。今は魔道具による人工的な施術も発達していますしね」


 リリアンヌは汚いものを見る目で、男たちの下半身を一瞥した。


「貴方たちのような不潔な男と、私の清らかな花たちを接触させるわけがありませんでしょう? 医務室で必要な『モノ』だけ採取して置いていきなさい。そうすれば、私が責任を持って、最高級の魔道具で彼女たちに処置を施します」

「そ、そんな……ふざけるな! 俺たちは種馬じゃないぞ!」

「あら、種馬としての価値しかないから温情をかけて差し上げているのですけれど?」


 リリアンヌは冷たく言い放つと、後ろに控えるセシリアたちを振り返った。


「どうかしら、セシリア、カテリーナ。貴女たちは、彼らと『復縁』したい? それとも『種』だけ貰って、あとは私と暮らしたい?」

 問われた二人は、即座に、晴れやかな笑顔で答えた。

「もちろん、リリィ様のおっしゃる通りですわ!」


 セシリアが進み出る。


「ジェラルド殿下のお顔など二度と見たくもありませんが、次期公爵という『駒』は必要ですものね。種だけなら、頂戴して差し上げてもよろしくてよ?」

「私もです!」


 カテリーナも続き、アレンを冷笑した。


「貴方のことは生理的に無理ですが、騎士の血統だけは、まあ悪くありませんから。子供ができたら、私が立派に育てます。貴方のような無能にならないように」

「な……な……っ!?」


 男たちは絶句し、顔を真っ赤にして震え出した。

 愛も、情も、肉体的な接触も拒絶され、ただ「血を繋ぐ種」だけを要求される屈辱。

 男としてのプライドを、これ以上ない形で粉々に粉砕されたのだ。


「条件は一つ。子供ができたら、貴方たちは二度と関わらないこと。父親面などさせません。養育費も不要ですわ、ローズベリー家が全て持ちますから」


 リリアンヌは執事を呼んだ。


「さあ、案内して差し上げて。別館の『採集室』へ」

「ふざけるなあああ!! 誰がそんなこと!!」

「嫌なら結構ですわ。その代わり……」


 リリアンヌの瞳が怪しく光る。


「ローズベリー家は、王家への資金援助と騎士団への物資供給を、即刻停止させていただきます。……それで国がどうなるか、想像できますわよね?」

「なっ……!?」


 脅しではない。事実上の死刑宣告だった。


 ジェラルドは膝から崩れ落ちた。アレンも壁に手をついて項垂れる。

 拒否権など、最初からなかったのだ。


「く……くそぉ……っ!」

「なんで……なんでこんなことに……」 


 執事に促され、男たちはトボトボと、まるで屠殺場へ引かれていく家畜のように部屋を出て行った。

 残されたミリナだけが、「え? え? 私は? ドレスは?」と喚いていたが、すぐに衛兵につまみ出された。


 嵐のような騒ぎが去った後。


 サロンには再び静寂と、勝利の余韻が満ちた。


「……リリィ様。本当に、よろしかったのですか?」 


 セシリアが、少しだけ不安そうに尋ねる。


「種を貰えば、子供が生まれます。そうすれば、私たちは母親になり……リリィ様とのお時間が減ってしまうかもしれません」


 リリアンヌは優しく微笑み、セシリアとカテリーナの肩を抱いた。


「何を言っているの。私の庭に、可愛い小さな蕾が増えるだけよ。将来は私の花園の庭師にしましょうか」

「ふふ……そうですわね。種があんな👨だから少し不安ですけれど…きっとリリィ様の庭でなら可愛い子が育ちますわね」

「リリィ様のために、最強の魔導師に育ててみせます」


 三人は顔を見合わせ、声を上げて笑い合った。

 その笑い声は、外の雨音をかき消すほどに明るく、そしてどこまでも自由だった。

 実質的な百合ハーレムの完成。

 そして、愚か者たちの完全なる敗北が決まった瞬間だった。


(第3話 完)

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