第3話

真木と直接仕事をするようになったのは、この三年。それまでは同期という意識程度だった。

もちろん、顔を合わせれば多少話もするし、同期で飲みに行く席で姿をみることはあったが、それ以上でもそれ以下でもなかった。

そしてチーフエンジニアとなった真木と仕事をするようになってからは、戦友のような感じだったし、男と意識したこともなかったと思う。


いや、真木だけではなく、優希ちゃんのいうように彼氏がいればいい、そんなことを思っていたのかもしれない。


真木のとなりに可愛らしい女の子を想像してみる。それは確かに意外とすぐに連想ができた。事務の女の子や、受付の女の子には確かに笑顔を向けているのを何度も見ていた。

結局、私だけ嫌われていて、ああいう態度になっているのだ。そんなことに気づかなくてもよかった気がする。ただでさえ、彼氏に女としての自信を木っ端微塵にされ続けているのに。


なんとなく憂鬱なまま、仕事をすすめてていたが、集中が足りなかったのかもしれない。


思った以上に仕事が残っていて、誰かに少し頼もうとして周りを見渡す。


「あっ、幸田さん」

二つ年下のスタッフを見つけて声をかけると、なにやら急いでいる気がして首をかしげる。


「あっ、何か急ぎありました? 子供が熱出したみたいで……」

そうだ、彼女は結婚をして、まだ小さい子供がいる。そして周りを見渡しても、残れるようなメンバーはいない。


「うんん、大丈夫。大したことないといいね」

「はい、ありがとうございます」

ペコリと頭を下げて帰っていく彼女に張り付けた笑顔を向けて見送った後、机に顔を埋めた。


その時、首筋に冷たいものが当てられて、「ひゃ!」と声が出てしまう。


「なに、その声」


その声と笑い方に聞き覚えがありすぎて、私は勢いよく振り返った。


「真木! ちょっとなにするの? 冷たいじゃない」

またもや文句を言いに来たのかと、臨戦態勢で臨んだ私だったが、何も言い返してこない真木を見上げた。


「ほら。これ飲め。顔色悪いぞ」

え? 渡されたのは私の好きな甘いミルクティー。拍子抜けというのはこのことかもしれない。

目の前に出されたそれを、「ありがとう」と恐る恐る受け取る。


ペットボトルの蓋を開けようとしたが、ずっとパソコンを打っていたせいか、力が入らずになかなか開かない。

そんな私を見て何も言わずもう一度ペットボトルを私の手から取ると、少しだけ緩めて戻してくれた。


「真木どうしたの? 何か企んでる?」

「いいから飲めよ」

ため息交じりに言われて、私は開けてもらった蓋を開けて、一口飲むと甘さが体中に染み渡る。


「お前、今日も昼まともに食べてないだろ? 早く帰れよ」

確かに、クライアントの打ち合わせが立て込んでいて、今日の昼はほとんど食べていない。


「でも、まだ仕事があるの。そんなこと言っても」

「仕事も大切だし、お前が努力をしていることも知ってるけど、身体が資本だぞ。手伝うから貸せ。俺ができるところあるだろ……」


そう言うと、私から資料を取り上げて、隣の席に自分のPCを広げた。

まさか真木からそんなことを言われると思っていなかった私は、なぜか泣きたくなる。


普段冷たい癖に、こんな時だけ優しくするなんてずるい。

「ごめん、ありがとう」

素直に謝った私に、かなり面食らった表情を真木はすると、ポンと私の頭を叩く。

「お前こそどうした?」

そう言って笑った真木に、私も自然と笑みがこぼれた。


「終わった……」


二時間後、ようやく終わって時計を見ると、もう二十一時になろうとしていた。真木もちょうど終わったようで、私にデータを送ってくれていた。

「真木、本当に助かった。ありがとう」

深々と頭を下げたと同時に私のお腹がグーっとなる。


「お前……」

「だって仕方がないじゃない、朝もいろいろあって食べてなかったし、忙しかったし」

恥ずかしくなり顔が熱くなるのがわかる。言い訳を並べている私の横で、真木が立ち上がる。


「飯奢れ」

クスっと笑いながら言う真木に、私は「仕方がないな」と答えた。


「一度、俺自分のところ戻るから、十分後に下で」

「わかった」

憎まれ口ばかり言っているが、真木との話すときは、スラスラと言葉が出て気を使わなくてよくて助かる。

正直、家に帰ってひとりで空っぽの冷蔵庫を考えると、また食べたくなくなりそうだったし、それも身体に悪い気がしていた。


お礼という名目なら、男性と二人で食事に行っても問題ないだろうし……。

そこまで考えて私は小さく息を吐く。浩二は私が誰かと二人でどこに行こうが、もはや気にするわけはない。


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