第21話 裏門の夕暮れ
裏門の前に、俺は立っていた。
夕暮れ。
空が、オレンジ色に染まっている。
風が、吹く。
五月の風、温かい。
でも、胸の奥は、もっと熱い。
スマホを見る。
翔からのメッセージ。
『あと五分で着きます』
五分。
もうすぐ。
もうすぐ、会える。
翔たちは、駅前のロータリーで
解散となった。
そこから、それぞれ生徒達の家に、
まっすぐ帰るよう促される。
『先輩、今日、帰ったらすぐに会いたいです』
『裏門で待ち合わせしませんか』
三日ぶり。
でも、もっと長く感じた。
翔がいない、三日間。
淋しかった。
でも、今日、帰ってくる。
今日、会える。
裏門は、静かだった。
誰も、いない。
二年がいない放課後で、
部活動は早めに終わっている。
門は、閉まっている。
今日は、もう鍵が、かかっていた。
翔が来るなら
ここで、待つ。
風が、木の枝を揺らす。
葉っぱが、ざわめく。
夕陽が、校舎を照らしている。
オレンジ色の光。
影が、長く伸びている。
俺の影も。
地面に、落ちている。
一人の影。
でも、もうすぐ。
二つになる。
足音が、聞こえた。
小さな足音。
近づいてくる。
心臓が、跳ねる。
俺は、門の方を見た。
翔が、そこにいた。
息を切らして。
カバンを持って。
走ってきたのだろう。
「先輩」
翔の声。
その声を聞いた瞬間。
胸が、熱くなった。
「翔」
俺は、その名前を呼んだ。
翔が、門の前に立った。
俺と、門を挟んで向かい合っている。
「会いたかったです」
翔が、そう言った。
声が、震えている。
「……俺も」
本当に。
会いたかった。
翔の顔を、見たかった。
翔の声を、聞きたかった。
翔に、触れたかった。
「門、閉まってますね」
翔が、門を見た。
「だな、もう鍵がかかってた」
「鍵?」
「乗り越えるか」
「え?」
「大丈夫。誰もいない」
俺は、門を見た。
高い。
でも、乗り越えられる。
「カバン、先に渡せ」
「はい」
翔が、カバンを門越しに渡してくる。
俺は、それを受け取った。
重い。
お土産が、入っているのだろう。
俺は、カバンを地面に置いた。
それから、門に手をかけた。
足をかける。
登る。
金属が、冷たい。
でも、手が滑らない。
慣れた動き。
てっぺんまで。
それから、向こう側に降りる。
翔の隣。
やっと。
同じ側に。
「翔、登れるか」
「……やってみます」
翔が、門に手をかけた。
でも、背が低い。
足が、届かない。
「待って」
俺は、翔の腰を支えた。
「足、上げて」
「はい」
翔が、足を上げる。
俺が、持ち上げる。
軽い。
翔の体。
温かい。
翔が、てっぺんまで登った。
「先輩、手、手を、貸してください」
「ああ」
俺は、手を伸ばした。
翔が、その手を取る。
指が、絡む。
繋がる。
俺は、翔を引っ張った。
ゆっくり。
翔が、降りてくる。
地面に、足がつく。
やっと。
同じ場所に。
翔が、俺を見上げた。
息を切らして。
頬が、赤い。
汗が、額に光っている。
でも、笑っている。
「先輩」
「ああ」
俺は、翔をそっと抱きしめた。
翔の匂い。
知っている匂い。
でも、少し違う。
旅の匂い。
遠い場所の匂い。
「会いたかった」
俺は、そう言った。
翔が、俺の背中に手を回す。
「僕も」
小さく、そう言った。
腕の中の、翔の温度。
生きている温度。
ここにいる温度。
やっと。
会えた。
しばらくして、俺は翔を離した。
翔が、顔を上げる。
目が、潤んでいる。
でも、笑っている。
「お土産、持ってきました」
「ありがとう」
翔が、カバンを開けた。
中から、小さな箱を取り出す。
「八つ橋です」
「八つ橋」
「はい。先輩、好きですか?」
「好きだよ」
翔が、嬉しそうに笑った。
「良かった」
俺は、その箱を受け取った。
翔が、選んでくれたもの。
翔が、俺のために。
それだけで、嬉しい。
「ありがとう」
「あの」
翔が、少し恥ずかしそうに言った。
「他にも、あります」
「他にも?」
「はい」
翔が、また小さな箱を取り出した。
「これは、お守りです」
お守り。
小さな、赤い袋。
「清水寺で、買いました」
翔が、それを俺に渡す。
「先輩が、受験、成功しますようにって」
その言葉を聞いて。
胸が、熱くなった。
受験。
そうだ。
俺は、受験生だ。
翔は、それを忘れていない。
ずっと、考えていてくれた。
「……ありがとう」
俺は、お守りを握りしめた。
大切にする。
翔の、気持ち。
「先輩」
「ん」
「京都、綺麗でした」
翔が、空を見上げた。
「でも、やっぱり」
翔が、俺を見た。
「先輩と、一緒に行きたいです」
その目が、真っすぐで。
「いつか、行こう」
俺は、そう約束した。
「二人で」
「はい」
翔が、笑った。
夕陽が、翔を照らしている。
オレンジ色の光。
翔の髪に。
翔の頬に。
翔の目に。
全部。
全部が、輝いている。
美しい。
翔が、美しい。
ここにいることが。
俺の隣にいることが。
美しい。
「先輩、図書室、行きたい」
「ああ」
俺たちは、校舎に向かって歩いた。
手を、繋いで。
影が、二つ。
地面に、落ちている。
並んでいる。
重なりそうなくらい、近くで。
風が、吹く。
暖かい風。
木の葉が、揺れる。
ざわざわと。
世界が、動いている。
春から、夏へ。
季節が、変わっていく。
でも、変わらないものもある。
翔と、俺。
繋がっている、この手。
これは、変わらない。
校舎の扉を開ける。
廊下。
静か。
誰もいない。
足音だけが、響く。
二人の足音。
階段を上る。
二階。
図書室。
扉を開ける。
中は、暗かった。
でも、窓から夕陽が差し込んでいる。
オレンジ色の光。
美しい。
俺たちは、いつもの席に座った。
窓際。
並んで。
翔が、俺の手を握った。
「ただいま」
小さく、そう言った。
「おかえり」
俺は、そう返した。
翔が、笑った。
その笑顔を見て。
胸が、温かい。
やっと、戻ってきた。
この場所に。
この時間に。
翔と、一緒に。
窓の外で、夕陽が沈んでいく。
空が、オレンジから紫に変わっていく。
でも、ここは。
温かい。
翔が、隣にいるから。
翔の手が、温かいから。
「先輩」
「ん」
「会えて、嬉しいです」
「……俺も」
本当に。
嬉しい。
翔が、戻ってきてくれて。
翔が、ここにいてくれて。
「翔、軽い」
「え?」
「いや…なんでもない」
「何のことです?」
「いや、本当に、なんでもない」
図書室の時計が、秒針を刻んでいる。
静かな音。
でも、それが心地いい。
時間が、流れている。
でも、止まっているみたいに。
ここだけ。
翔と俺だけの、時間。
永遠みたいに、続いていく。
そう信じていた。
(第二十一話 了)
十一月の残響 -Ripple Reaction- @mmCa
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