第19話 春の予感 蒼汰の場合
放課後の図書室。
翔が、隣に座っている。
いつもの場所。
でも、全部が違う。
手を、繋いでいる。
机の下で。
誰にも見えないように。
触れていると、自然と安心する。
「先輩、この問題」
翔が、ノートを見せる。
俺は、それを見た。
「ここがわからないんです」
「ああ、これは」
俺は、説明し始める。
翔が、真剣に聞いている。
その横顔を、見てしまう。
真剣な目。
少し開いた唇。
可愛い。
「先輩、聞いてますか」
「……ああ」
「嘘です。絶対聞いてない」
翔が、笑った。
「ずっと、僕の顔見てました」
ばれた。
「……見てた」
「もう」
翔が、頬を膨らませる。
その顔が、また可愛くて。
「集中しろよ」
「先輩が、ちゃんと教えてくれないからです」
翔が、少し拗ねたように言う。
俺は、笑った。
「じゃあ、もう一回」
「はい」
翔が、真面目な顔に戻る。
俺は、もう一度説明した。
今度は、ちゃんと。
翔が、頷きながら聞いている。
「なるほど、わかりました」
「本当か?」
「本当です」
翔が、笑った。
それから、机の下で、俺の手を握る。
ぎゅっと。
「ありがとうございます」
その笑顔を見て、胸が温かい。
こんな時間が、毎日続く。
幸せだ。
窓の外で、誰かが笑っている。
部活動の声。
世界は、動いている。
でも、ここは。
俺と翔だけの、世界。
「先輩」
「ん」
「手、離しませんよ」
翔が、いたずらっぽく言った。
「別に、離せとは言ってない」
「じゃあ、このまま」
「ああ」
翔が、嬉しそうに笑った。
俺も、笑った。
こんなふうに、笑い合える。
こんなふうに、ふざけ合える。
それが、嬉しい。
時間が、過ぎていく。
でも、もう怖くない。
翔が、隣にいるから。
―――
放課後。
図書室を出る時。
翔が、俺の袖を引っ張った。
「蒼汰先輩」
「ん」
「手、繋いでもいいですか」
「ここで?」
「はい」
翔が、少し不安そうに見ている。
俺は、周りを見た。
図書室の前。
誰もいない。
「いいよ」
俺は、翔の手を取った。
翔が、嬉しそうに笑った。
手を繋いだまま、廊下を歩く。
階段を下りる。
昇降口に向かう。
途中、何人かとすれ違った。
でも、気にしない。
翔が、隣にいる。
それだけで。
昇降口で、俺たちは立ち止まった。
「じゃあ、また明日」
「はい」
翔が、笑った。
「また、図書室で」
「ああ」
俺は、翔の手を握った。
それから、離す。
翔が、小さく手を振って、外に出ていった。
俺は、その背中を見送った。
空が、明るい。日が、長くなってきた。
春が、来ている。
もうすぐ、春休み。そして、新学期。
変わる季節。
翔が、いる。
俺は、空を見上げた。
青い空。春の、空。
風が、頬を撫でる。暖かい。胸の奥も、温かい。
翔との時間が、ある。それだけで、十分だった。
図書室での笑い合い。
廊下での出会い。
手を繋いだ帰り道。
全部。
全部が、宝物だった。
春が、来る。
変化の季節。
でも、俺たちは、
一緒だ。
それを、信じられる気がした。
窓の外で、鳥が鳴いた。
春の、声。
世界が、動いている。
春に向かって。
新しい季節に向かって。
それが、俺たちの春だった。
(第十九話 了)
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