第8話 冬休みの約束
冬休みが始まって、三日が過ぎた。
家にいると、時間が遅く感じる。
何もすることがない。
ただ、スマホを見ている。
翔からメッセージが来ないか、確認している。
でも、来ない。
俺から送るべきなのか。
でも、何を送ればいいのか。
わからない。
窓の外で、雪が降っている。
街が、白く染まっている。
クリスマスイブまで、あと三日。
俺は、スマホを手に取った。
考えるより、送ってしまおう。
『元気か』
シンプルなメッセージ。
送信。
しばらくして、翔から返信が来た。
『元気です。先輩は?』
『まあまあ』
『暇ですか?』
『……まあ』
『僕も暇です』
翔の返信が、嬉しい。
でも、次に何を送ればいいのか。
しばらく考えて、俺は打った。
『会うか』
送信してから、心臓が跳ねる。
大丈夫だろうか。
翔は、どう思うだろうか。
すぐに、返信が来た。
『会いたいです』
胸が、熱くなる。
『じゃあ、明日。駅前のカフェでどうかな』
『カフェ、ですか』
『ああ。嫌かな』
『嫌じゃないです。行ったことないですけど』
行ったことない。
そうか。
翔は、カフェに行ったことがないのか。
『じゃあ、俺が案内するよ』
『ありがとうございます。楽しみです』
翔からスタンプが返ってきた。
笑顔のやつ。
俺は、スマホを握りしめた。
明日。
翔に会える。
図書室じゃない場所で。
それが、嬉しくて。
緊張する。
―――
次の日。
駅前のカフェに、俺は早めに着いた。
約束の時間まで、あと十分。
俺は、カフェの外で待っていた。
息が白い。
寒い。
でも、胸の奥は熱い。
しばらくして、翔が来た。
「先輩、お待たせしました」
「いや、今来たとこ」
嘘だ。
俺は、十五分前から待っていた。
でも、それは言わない。
翔は、ニット帽を被っていた。白いやつ。
マフラーも、白い。
雪みたいに。
「寒かったでしょう」
「まあ、な」
「中、入りましょう」
翔が、笑った。
俺は、頷いた。
カフェの扉を開ける。
温かい空気が、俺たちを包む。
コーヒーの匂い。
静かな音楽。
落ち着いた空間。
「ここ、素敵ですね」
翔が、小さく言った。
「まあ、普通だけどな」
「僕には、特別です」
翔は、キョロキョロと周りを見ている。
まるで、初めて来る場所を探検しているみたいに。
俺たちは、窓際の席に座った。
外の景色が見える。
雪が、降っている。
「何、頼むんだ」
「わかりません。初めてなので」
「コーヒー、飲んだことあるか」
「ないです」
翔は、少し照れたみたいに笑った。
「飲んだことない、か」
「はい。なんとなく、苦そうで」
「苦いよ」
「じゃあ、やめときます」
翔は、笑った。
俺は、メニューを見た。
「カフェオレとか、ココアとかもあるぞ」
「甘いやつですか」
「うん」
「じゃあ、それにします」
「どっちだ」
「えっと……カフェオレで」
翔は、そう言った。
俺は、店員を呼んで注文した。
カフェオレを二つ。
「先輩も、カフェオレなんですか」
「たまには、な」
嘘だ。
俺は、いつもブラックコーヒーを頼む。
でも、今日は翔と同じものを飲みたかった。
それだけ。
しばらくして、カフェオレが運ばれてきた。
白いカップ。
湯気が、立ち上っている。
「わあ」
翔が、嬉しそうに言った。
「きれいですね」
「ただのカフェオレだけどな」
「でも、きれいです」
翔は、カップを両手で持った。
「温かい」
そう言って、笑った。
その笑顔が、眩しい。
テーブルに、小さな皿に薄い水色の紙に包まれた角砂糖が置かれた。
翔は、角砂糖をふたつ入れてかき混ぜる。
「飲んでみろよ」
「はい」
翔は、ゆっくりとカップを口に運んだ。
一口、飲む。
そして、目を見開いた。
「……おいしい」
小さく、そう言った。
「良かったな」
「はい。すごく、おいしいです」
翔は、また一口飲んだ。
その顔が、幸せそうで。
俺も、角砂糖をふたつ入れたカフェオレを飲む。
甘い。
でも、悪くない。
翔と同じ味。
それが、嬉しい。
「先輩」
「ん」
「ここに来れて、嬉しいです」
翔が、俺を見ている。
「……そうか」
「はい。先輩と、図書室じゃない場所で会うの、初めてですね」
初めて。
そうだ。
俺と翔は、いつも図書室だった。
でも、今日は違う。
カフェで。
向かい合って。
同じものを飲んでいる。
「変な感じだな」
「そうですね」
翔は、笑った。
「でも、悪くないです」
「……だな」
俺も、そう思った。
悪くない。
翔といると、どこでも悪くない。
図書室でも。
カフェでも。
どこでも。
窓の外で、雪が降っている。
静かに。
カフェの中は、温かい。
翔が、また一口飲む。
その顔が、穏やかで。
俺は、それを見ていた。
ただ、見ているだけで、幸せだった。
―――
カフェを出る時、翔が言った。
「先輩、また来たいです」
「カフェに?」
「はい。先輩と、また」
翔の声が、優しい。
「……うん」
俺は、頷いた。
「また、来よう」
翔が、笑った。
雪の中を、俺たちは歩く。
駅に向かって。
隣を、翔が歩いている。
いつもより、近い距離で。
「先輩」
「ん」
「今日、楽しかったです」
「……俺も」
「ありがとうございました」
翔が、立ち止まった。
俺も、立ち止まる。
翔が、俺を見ている。
「先輩と一緒だと、いつも楽しいです」
心臓が、跳ねる。
「図書室でも。カフェでも。どこでも」
翔の声が、震えている。
「先輩がいると、安心するんです」
俺は、何も言えなかった。
ただ、翔を見ている。
雪が、翔の肩に降り積もる。
白いニット帽に。
白いマフラーに。
翔が、まるで雪の妖精みたいに見える。
「翔」
「はい」
「……俺も」
それしか、言えなかった。
でも、翔は笑った。
嬉しそうに。
「また、会いましょうね」
「ああ」
「約束ですよ」
また、その言葉。
翔は、いつも約束を求める。
でも、俺は頷く。
「うん、約束」
翔が、また笑った。
それから、ゆっくりと駅の改札に向かった。
俺は、その背中を見送った。
雪の中に、消えていく翔の姿。
でも、今日は寂しくない。
また会える。
また、約束がある。
―――
家に帰ると、翔からメッセージが来ていた。
『今日は、ありがとうございました。すごく楽しかったです』
俺は、返事を打った。
『こっちこそ』
すぐに、翔から返信が来た。
『カフェオレ、おいしかったです。また飲みたいです』
『また行こう』
『はい!』
翔から、スタンプが返ってきた。
笑顔のやつ。
俺は、それを見ながら思う。
今日、翔と会えて良かった。
翔の笑顔を、見れて良かった。
翔と、同じものを飲めて良かった。
この気持ちが、何なのか。
なんていうのか、わからない。
ただ、翔といると、幸せだ。
それだけ。
それで、十分だった。
窓の外で、雪が降っている。
静かに、白く染まっていく。
クリスマスが、近づいている。
でも、今年は一人じゃない。
翔が、いる。
それだけで、今年の冬は。
特別だった。
(第八話 了)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます