第7話 図書室の主


十二月の中旬。

図書室に、小さなクリスマスツリーが飾られていた。

司書の高木先生が、毎年飾るやつだ。

緑の枝に、赤と金の飾り。小さな星が、てっぺんで光っている。


「きれいですね」


翔が、そう言った。

俺は、頷いた。


「毎年、同じやつだけどな」

「でも、きれいです」


翔は、ツリーを見ている。その目が、少しだけ寂しそうに見えた。


「翔、クリスマス、何かするのか」

「別に。特に予定ないです」

「そうか」

「先輩は?」

「俺も、特に」

翔が、少し笑った。

「じゃあ、同じですね」

同じ。

その言葉が、胸に響く。


翔と俺は、同じだ。


一人で過ごす、クリスマス。


でも、それでいい。

翔がいれば、それでいい。

「でも、冬休みですね」

翔が、小さく言った。

「ああ」

「図書室、閉まっちゃいますね」

翔の声が、少しだけ不安そうだった。

俺も、同じことを考えていた。


冬休みの間、図書室は閉まる。

翔と会えなくなる。

この静かな時間が、なくなる。

それが、怖い。


「……また、三学期になったら」

「はい」

翔は、笑った。でも、その笑顔が、寂しそうで。

俺も、同じ顔をしているのだろうか。


「二人とも、いい顔してるね」


後ろから、声がした。


振り向くと、高木先生がいた。

五十代くらいの、穏やかな女性。

図書室の司書を、もう十年以上やっている。


「お互いを思いやってる顔…兄弟みたいね」


「高木先生」


「ごめんね、邪魔して」


先生は、笑った。

それから、ツリーの横に立つ。


「このツリー、もう何年使ってると思う?」


「……さあ」


「十五年よ。私が、この学校に来た時から」


先生は、ツリーを優しく撫でた。


「毎年、同じツリー。でも、見る人は変わる。毎年、違う生徒がここにいる」


先生の声が、静かだ。


「でもね、時々いるの。特別な子たちが」


「特別?」


「ここを、居場所にしてくれる子たち」


先生は、俺たちを見た。その目が、優しい。


「二人とも、毎日来てるでしょ。窓際の席で、ずっと一緒にいる」


俺は、何も言えなかった。

先生は、気づいていたのか。

俺たちのことを。


「いい時間だね」


先生は、そう言った。


「大切にしなさい。こういう時間は、そう何度もないから」


心臓が、跳ねる。

先生の言葉が、胸に沈んでいく。


「冬休み、図書室は閉まるけれど」


先生は、また笑った。


「でも、また開く。また、ここに来れる」


「……はい」


翔が、小さく答えた。


先生は、翔の肩を軽く撫でた。


「君も、もう大丈夫そうね」


「え?」


「最初の頃、君、すごく不安そうな顔してたから」


翔が、目を見開く。


「でも、今は違う。ちゃんと、居場所を見つけたみたいね」


翔の目が、潤んでいる。


「……はい」


小さく、そう言った。

先生は、今度は俺を見た。


「君も」


「俺も?」


「君も、変わったわ。最初の頃とは、全然違う」


俺は、息を呑んだ。


「前は、もっと壁があった。でも、今は違う。ちゃんと、誰かと一緒にいられてる」


先生の言葉が、優しい。


「二人とも、良かったわね」


それだけ言って、先生は自分の机に戻っていった。

俺と翔は、何も言えなかった。

ただ、お互いを見つめる。


先生の言葉が、まだ耳に残っている。

「大切にしなさい」

大切。

この時間を。

翔との時間を。

大切に。


―――


その日、図書室を出る時。

翔が、小さく言った。


「先生、優しいですね」


「ああ」


「ずっと、見ててくれたんですね。僕たちのこと」


翔の声が、震えている。


「……みたいだな」


「嬉しいです」


翔が、笑った。

涙が、こぼれそうなのを堪えているみたいに。


「誰かが、見ててくれるって。気にかけてくれるって」


俺は、何も言えなかった。

ただ、翔の横顔を見ていた。

翔は、ずっと一人だった。

前の学校で。

誰も、翔のことを見てくれなかった。


でも、ここは違う。

高木先生が、見てくれている。

美月が、見てくれている。

そして、俺が。

俺も、翔を見ている。

ずっと。


「翔」


「はい」


「……冬休み、何してるんだ」


「別に、何も」


「じゃあ」


言葉が、出ない。


何を言えばいいのか、わからない。

でも、言いたい。


会いたい、と。


冬休みの間も、翔に会いたい、と。


「先輩」


翔が、俺を見ている。


「僕も、会いたいです」


心臓が、止まりそうになる。


「……何が」


「先輩に、です」


翔は、笑った。


「冬休みの間も、会えたら嬉しいです」


俺は、頷いた。


「……ああ」


それしか、言えなかった。

でも、翔は嬉しそうに笑った。


「じゃあ、連絡先、交換しましょう」


「連絡先?」


「はい。まだ、交換してなかったので」


確かに。

俺と翔は、図書室でしか会わない。

連絡先も、知らない。

それなのに、毎日会っていた。

不思議な関係。

でも、これから変わる。

翔の連絡先を知る。

翔と、図書室の外でも繋がる。

それが、嬉しくて。

それでいて、怖いような気がして。

でも、

俺は頷いた。


「ああ、交換しよう」


翔が、スマホを取り出した。

俺も、自分のスマホを取り出す。

二人で、QRコードを読み取る。

登録完了。

画面に、「神林翔」という名前が表示される。

それを見ているだけで、胸が温かい。


「じゃあ、また連絡しますね」


「ああ」


「楽しみです」


翔が、また笑った。

俺も、少しだけ笑った。


昇降口で別れる。

翔の背中が、遠ざかっていく。

でも、今日は違う。

もう、翔と繋がっている。

連絡先を知っている。

それだけで、冬休みが怖くない。

翔に、会える。

図書室じゃなくても。

俺は、スマホの画面を見た。

「神林翔」

その名前を、じっと見つめる。

嬉しすぎて、

胸の奥が、熱い。

変な感じ。


―――


家に帰ると、翔からメッセージが来ていた。

『今日は、ありがとうございました』

俺は、少し笑った。

『こっちこそ』

そう返した。

すぐに、翔から返信が来た。

『冬休み、会えるの楽しみにしてます』

胸が、跳ねる。

俺も、返事を打った。

『俺も』

シンプルな言葉。

それが精一杯だった。

翔から、スタンプが返ってきた。

笑顔のやつ。

俺は、それを見ながら思う。

高木先生の言葉。

「大切にしなさい」

この時間を。


翔との時間を、大切にする。


もう、失いたくない。

もう、逃げたくない。

冬休みが、終わったら。

もっと、翔に近づきたい。

もっと、翔のことを知りたい。


後輩。

新しい友達。

弟。

親友。

この関係が、何なのか。

まだ、わからない。


ただ、翔がいないと、何か落ち着かない。

翔の声が聞きたい。

翔の笑顔が見たい。

それだけ。

それが、何を意味するのか。

わからない。

でも、いい。

今は、これで。

窓の外で、雪が降っている。

静かに。

世界が、白く染まっていく。


クリスマスが、近づいている。

冬休みが、近づいている。


でも、怖くないと思えた。

翔がいるから。

翔と、繋がっているから。

それだけで、十分だった。


自分の部屋へ入り

スマホを握りしめながら

ベッドに飛び込んだ。


俺は、

ゆっくり体を丸くして、布団をかぶった。



(第七話 了)

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