【ネクスト賞ねらい】小石に転生しました【だけど短く約2000字】

音雪香林

第1話 小石に転生しました。

 どんよりした灰色の雲から、たくさんの雨粒が落ちてくる。


 僕はなすすべもなく全身びしょびしょにされて、家屋かおくの下に逃げることもできない。


 何故なら今世こんせいの僕は小石だからだ。


 元々はとがっていて今より倍の大きさだったけれど、川に流されてあちこち削れたり欠けたり魚につっつかれたりしながら研磨けんまされつるつるの白くて丸い石になった。


 その後、いろいろあってトラックに運ばれてこの神社の玉砂利たまじゃりの一員として迎えられたってわけ。


 僕はけっこうこの身体を気に入っている。

 真っ白で綺麗きれいだし、自分では触れないけれど手触りもきっとつるつるだから。


 それに口がないから話す必要もない。

 ということは社交を頑張る必要もないってことだ。


 前世で人間だった僕はうまく「人間として生きていくこと」ができなかった。


 他人が怖くて小中高といつもうつむいていて、一生懸命話そうとすればするほど「なんて答えればいいだろう」と考えを巡らせている内に沈黙の長さに相手が「無視するなんて感じ悪い」と怒って去って行ってしまう。


 とにかく何でもいいからしゃべらないとと口を開いても呂律ろれつが回らない。


 最終的に周囲と打ち解けるのをあきらめて休み時間は本を読むことにしたのは中学一年生からだった。


 友達はいなくとも陰湿いんしつないじめの対象にならなかったのは不幸中の幸いといえるだろう。


 何もしないでじっと席に座っていたころと今はそんなに変わらないなと思う。


 むしろ小石になってからの方が川の中にドボンしたり魚に食べられそうになったり、何の縁か神社に迎え入れられたり波乱万丈はらんばんじょうだ。


 人間は自分で動かなければそのままだけれど、小石はころころと他人によって強制的に転がされる。


 前世よりよっぽど楽しい。

 あ、雨が弱まってきた。


 冷たいけどさらさらしててすごく気持ちがいい。

 虹でも出ないかな、なんて空を見上げていると砂利を踏む足音がした。


 え、やみかけてるとはいえ雨の日に参拝客さんぱいきゃく


 祀られている神様に対して不敬ふけいかもしれないけど、ここそんなに有名な神社じゃないよ?


 ああ、でも御朱印ごしゅいんもらうの流行はやってるんだっけ?

 ここは小さい神社だけどちゃんと御朱印あるもんね。


 一歩一歩近づいてくる参拝客は、傘の陰に隠れて顔はうかがえないけど若い女性みたいだ。


 背丈は標準。

 けど、ずいぶんスリムな体型で無茶なダイエットとかしてるのかなと他人事ながら心配になる。


 あと数歩で僕を踏みそうだった女性がふと足を止め、傘を閉じる。


 あっ!


 もし僕に口があったら短い悲鳴が響いていただろう。


 彼女は、僕が知っていた頃より成長して二十代くらいになっているけれど、確かに同じクラスだった姫宮瑠奈ひめみやるなさんだった。


 僕が高校二年生という若さで死んだ原因……とはいえ、まったくうらんでなんかいない。


 あのとき、前日の台風でグラグラしていた雑居ざっきょビルの四階にある英会話スクールの看板がついに落ちてきて、直撃しそうだった姫宮さんを後ろから突き飛ばした。


 姫宮さんは確かに死にはしなかったけど、きずくらいはつくっちゃったんじゃないかな。


 つきとばすなんて乱暴な救い方じゃなくてもっと穏当なやり方があったかも。

 だから「かばってやった」なんて言えないよ。


 むしろ自己満足な正義のせいで姫宮さんが負担に感じてないか心配だ。

 姫宮さんのせいで死んだわけじゃないから!


 むしろ自業自得だよ。


 看板がぐらぐらしてて危ないなとは思ってたんだから、管理してるところに電話するなりなんなりしておけばよかったんだ。


 そうすればあんなことにはならなかったんだし。


 姫宮さんは傘を軽く振ってしずくを落とし、細いストラップでひだをまとめてパチンと留めた。


 手首に傘の取っ手をかけ、ショルダーバッグから出したのは……やっぱり御朱印帳だ。


 けれど、姫宮さんは流行を追って御朱印を集めている人にしてはきびしい表情をしている。


 どうしたんだろう?


 姫宮さんは御朱印帳の表紙を静かにで、つぶやく。


「どこかに……どこかの神社に白石くんがいる。白石くん本人を見つけて、そこの御朱印をもらえれば……彼は生き返る……はず」


 えっ!


 二度目の出せない悲鳴をあげた僕だったが、姫宮さんはぎゅっと眉根まゆねを寄せ泣きそうになりながら。


「単なる夢かもしれない……あの女神様は私の作った幻影げんえいかもしれない……でも、すがるしかない……」


 ああ、やっぱり、やっぱり姫宮さんは僕のせいで罪悪感を抱いてしまっているんだ。


 気にしないでいいんだ。

 僕が勝手にやったことなんだ。


 君が時間と体力と精神をすり減らして僕の生き返りなんて望むよりも、たくさんの友達やあたたかい家族に囲まれてしあわせに暮らしてくれた方がずっと僕は嬉しいんだよ。


 伝えられればいいのに。

 僕は小石になってからはじめて「口があればよかったのに」と願った。


 口があれば伝えられる「しあわせになってほしい」と。

 だって、君こそが僕の女神だったんだから。


 前世のうまく挨拶あいさつできない僕に毎朝「おはよう」と言ってくれるのは、君だけだったんだから。




 おわり

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