第5話 独房のおもてなし

ソラリクスの館は、この城とは別にあるらしい。


「申し訳ないんですけど、一旦牢に入ってもらいますよ。安心してください。死刑までは、きちんと衣食住整えさせていただきます。」

ガルーダはうやうやしくわたしに伝えたが、

「死刑までって言わなかった?」

わたしは固まった顔で聞き直す。

「これ以上はわたしが何かできる立場ではないです。他人の空似とは伝えますよ。でも、それをソラリクス様が納得するかどうかは...」

ガルーダは諦めてくれと言わんばかりだが、諦めて済む話ではない。

「牢は、問題ないわ。ゴミ屋敷で1週間過ごしたんですもの。ネズミとだって生活できるわよ。でも、死ぬかどうかは別問題。食事だって、最後の晩餐だと思ったら食べたくなくなるわよ」

こんなところで「最後の晩餐」がパロディじゃなくて現実的になるなんて絶対嫌。

「俺もとりあえず、お前は平凡なただ似てるだけの異世界人だと言ってやるよ。」

フェニックスが頭をかきながらわたしに同情的な目を向ける。

平凡なというところが一言余計だけど、似てるだけだと言ってくれる人が一人でも多い方がいい。

「ソラリクス様には連絡を入れておきますから、明日には来られるでしょう。」


城の中には誰もいない。

「誰もいないけど...」

「そりゃ、シームルグが復活したなんでことが、周囲に伝わってみろ。そっくりさんだなんて誰も信用してくれなくなるぞ」

「ただ箝口令かんこうれいを敷いても時間の問題だ。これだけ多くの兵に見られたとあってはな」

二人なりの配慮らしい。

一応、こいつは他人の空似というところは納得してくれたようだ。


大体城の牢というのは地下が定番だと思うのだが、意外にも最上階だった。

「なんで玄関に近いところに牢屋を作るんだよ。万が一のときに、すぐ入口を封鎖するなら普通は一番玄関から離れたところに作るだろう」

フェニックスはケッと言い放つ。

「まあソラリクス様の元で万が一もありませんがね。」

ガルーダはソラリクスへの忠誠心を忘れない。


案内されたところは、鉄格子こそあったが普通のビジネスホテルのような部屋だった。トイレとお風呂もついているし、誰かに見られるような作りでもない。


「え?スケスケガラスとか?カメラとかないの?」

風呂やトイレをキョロキョロしてみる。

「お前は平凡な上に、トイレや風呂を見られたい痴女なのか?」

「そ、そんなわけないでしょ!」


真っ赤になって反論する。

牢のイメージと違いすぎるから言っただけだ。


「先ほども言いましたが、ここはソラリクス様の手のひらの上のようなものです。逃げることも勝手に死ぬこともできない作りになっています」

ガルーダは、気の毒なような目で私をみる。

「大丈夫です。逃げる気も死ぬ気もありませんから」

なんで憐れみの目で見られるんだか。

「でも、ここ1週間綺麗なシーツとかベッドとか風呂と無縁な生活を送っていたので少し嬉しいです」

ベッドは、普通の木の4本足のベッドだ。3本ではない。白いシーツに、壊れていないスプリングの効いたマット、暖かさそうな布団がある。


「服ですが、その...相当汚れておられるようですし、私たちの服とは違うようですので、一般的な女性が着る服を準備させていただきました」

ガルーダが、牢の中に置いてあるカゴを指差す。


清貧とでもいうのか、太った時には替えが効かない全く伸び縮みしないシンプルなグレーのワンピースに靴、そしてネグリジェのようなパジャマ、フリルひとつない下着、グレーの靴下が入っている。


「なんか、牢ってより教会のシスターになったみたいね」

「あとは体を洗うものや歯を磨くものはすべてお風呂に置いてありますから。」


うん、これはもうビジネスホテルだわ。

さらには机の上にメニュー表がのっていて、好きな番号を伝えたら机の上に出てくるという。

もはやこれは牢屋のワンダーランド!!


「では明日までごゆるりとお過ごしください」

「わかったわ。ガルーダ、フェニックス、なんか短い出会いだったけど色々ありがとう。もしかしたらもう二度とお礼を言えないかもしれないから言っておく」

久しぶりに人らしい生活を送って最後を迎えるなら悪くない、そう思えるほど旅行に来たような牢屋だった。


二人は顔を見合わせるが、居心地悪そうに

「では」

「じゃあな」

といって牢を出ていく。

最後に、こんな時だけ古風な南京錠でカチャンと鍵をかける音が聞こえると、部屋には静寂だけが戻っていった。


◇◇◇


なんか色々あって...疲れた


身体中から腐臭がする。

父の家の周辺には銭湯もないし、ゴミに塗れて1週間。

服も体も臭くてたまらない


あの二人、実はいい人たちじゃん。

平凡、平凡って言ってたけど臭いとは一言も言わなかった。

わたしはふっと微笑む。


あの二人の口ぶりだともうわたしは助からないのかもしれないけど、最後にいい人たちに会えたのだろうか。


しかも、小さな浴槽はまさかのーーー


バブルバス!!

タッチボタンでバブル発生だよ。

ここ、牢屋だよね。

罪人でも最低品質がジェットバスならどんな風呂にみんな入ってるんだろう??


うわぁ!!

しかも天井シャワー!!大きな丸いシャワーが上からスタンバイしている。

すごい!

わたし一生牢屋でいい


服を脱ぎ迷うことなく風呂に入ると、スイッチを押すまでもなく、ゴボゴボという音と同時に、泡と垢が一斉に浮き始める。

げ!!汚い!!

そう思ったと同時に、泡まみれの液体が天井からーー


もこもこもこもこもこ

一斉に視界がなくなる

「えっ!!なに??」

そして、一斉シャワー!!

「ま、まだ!スイッチ押してない!!ちょっ!スイッチ!」 

だが、泡とシャワーは止まらない!!


思わずシャワーカーテンを開けようとするが、壁から一斉にボディブラシが回転しながら飛び出てきて身体中を洗い始める。


「なに!!なに!!なにぃ!!!!」


泡もこもこの中で、顔を回転するブラシ、頭皮を洗い続けるシリコンのようなブラシ、体を洗い続けるスポンジブラシが一斉にどこからともなく飛び出す。


「ぎゃーー!た、助けて!ガルーダ様!フェニックス様!」


首から足裏までひたっすら洗い続けてはお湯が消え、再び溜まる。

「ちょっ!!誰か!だれか」


まるで穴に落ちた時と同じ。

何かの陰圧に引っ張られるようにその場から動けない

「なに!なにが起きてるの!痛い!くすぐったい!苦しい!」


30分は叫びながら逃げられない全身ブラシ攻撃を受けただろうか?

何かの電源が切れたかのように、一斉にブラシは消えて、瞬時に入浴剤入りの温かいお湯に包まれる。


「く、くさくなくなったけど...なにこれ...異世界流おもてなし?」

風呂には暖かく香る湯気と髪から漂うフローラルな香り、そして滴り落ちる髪からの水。



壁に

「全身洗浄は完了しました。ごゆるりとお風呂をお楽しみください」


と表示される。


いや、なんだろう。さらに疲れたこの感じ。


それだけではない。風呂から上がった瞬間から、どこからともなく一斉に吹き飛ばす風が吹いて、全身の水は瞬時に消えて、髪はサラサラドライに。


与えられたネグリジェを着ると、ゴミ屋敷を片付けた1週間分の疲れと先ほどまでの緊張感で一気に疲れがで始める。


明日永遠の眠りにつくかもしれないなら、今夜は起きていたいのに、ダメだ...眠気に抗えない。


どっと疲れが流れ出る。

「眠い。ああ、綺麗なシーツ、ふかふかなベッド、最高」

じんわりお日様の香りがして、じめっとしないサラサラのベッドシーツにお布団の温かみ。


気持ちいいーー


わたしは、少しだけ...と、うとうとし始める。

朝はいつまで眠っていいんだろう?

朝食は食べられるのかしら?


それとも夜明けとともに執行??

そもそも、わたしなんの罪なんだっけ?

そうだ!500年前の殺人犯のそっくりさん。

でも、その人処刑されたんだよね。

かわいそうじゃない?生まれ変わるだけで処刑なんて。



んん??

いや、かわいそうなのはわたしか?

生まれ変わったかもしれない人にそっくりだというだけで殺されそうになるなんて


うーん


深い眠りに落ちたように思ったのは数分なのか...

何やら大騒ぎの声が近づいてくる。

「おい!飛鳥!!おきろ!!」

へっ??

「今、横になったところなのに」

「いいから起きろ!!」


目の前に焦った顔をするガルーダとフェニックスがいる。

ぼーっと二人を見るが、なんでこんなに焦ってるの?


「大変だ!」

「外を見てみろ!!」


開く窓はないが、壁の上に採光のためにとられた細い窓から夕焼けが見える。

夕焼け?だよね。朝焼けじゃないよね。

だって、まだほとんど寝ていない。


「夕方??」

「夕方?じゃない。500年ぶりに夜が来る」

「ほえっ?」

フェニックスの焦りの声に、どう答えていいかわからない。

「シームルグが亡くなってから、この世界に夜はないんです。ソラリクス様が支配する昼だけです」

ガルーダの声にわたしはえーっと叫びそうになる。

「夜がないの?それ困るんじゃないの?」

「それだけではありません。あなたの登場と同時ですから、タイミングが悪すぎます」


わたしは真っ青になる。


「いやーーーっ!!」

だが、無情にも夕暮れはやがて暗闇にーー

そして、500年ぶりにこの世界は満天の星空を迎えることになるのだった

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