第3話 崩れた日常
僕らの神様は寂しがり屋なんだって。けど生命に寿命というものを付けたよ。
そんなものが無かったら、僕がずっと一緒にいてあげるのにね。神様の考えることはよくわからないや。
けどずっとずーっと昔、神様はいつも友達と一緒にいたんだって。
僕の知ってる神様はいつも一人だけど、その友達はどこに行っちゃったんだろうね。
朝、スズメたちの鳴き声に起こされてベッドからゆっくり足を下ろす。何百年も掃除していない部屋は脱ぎっぱなしの服や雑誌、その他雑貨であふれている。神通力で汚れは消えるが、整理整頓は面倒なのでしない。
今日も脱ぎ散らかした服の山から適当に服を引き抜いて着る。
「昨日が黒だったから、今日は青色でいいか」
どれも似たようなデザインのフード付きパーカーを着ながら、脱いだ寝間着を別の山に乗せる。服の山の下には使っていないベッドがあるのだが、なぜ一つの部屋に二つもベッドを置いたのかは記憶にない。
別室に来客用のベッドはあるのだが、謎だ。来客と言っても猫か迷い犬くらいしか来ないのにな。
「散歩してから何やるか決めるか」
いつからか外を歩くとき、音楽を聴くわけではないがヘッドフォンをするようにした。
この世界は俺を置いて勝手に進んでしまった。
そのせいか、昔よりも嫌な思いが頭に流れ込みやすくなったのだ。気休めでしかないがヘッドフォンで耳を覆えば、少しは嫌な思いが聞こえない。
いつからだろう、空は常に厚く暗い色の雲に覆われ、あちらこちらで工場の真っ黒な煙が立ち込めている。
そんな景色のせいだろうか、冷たい風が体だけでなく心にもふいている。マフラーを口元が隠れるように巻いて、近くの公園へ向かう。
「いつから、こんな風になったんだっけ。昔は、創ったばかりの時は楽しかったのに……」
気がつけば、人が人を裁くような、まじめな奴が創ったような世界になってしまった。どうしてこんな世界になったのか、何が悪かったのか、わからないくらい自然に変わってしまったのだ。
「……寒いなぁ」
公園に行くまでの道すがら、昼なのに車も歩行者も見なかった。寒いからではなく、空気が悪いせいだろうか。誰もいない。
一人で歩いていると寒さもあって寂しく感じる。公園に着いても人はいなかった。
いや、違う。
会いたくない奴が一人、確かにそこにいた。
「光が在ると無いとでは大きく感じ方が違うもんだな。空気が悪くてもゴミ箱よりマシだと思える──そう思わないか? 神様」
少し長い黒髪、黒のニットジャケットにグレーのチェックスキニーパンツ。ダークブラウンのスエードブーツを履いた男が、ジャングルジムの一番上に座って俺を見下ろしていた。
いろいろ言いたいことはあるが、まず確認しなければならないことがある。ヘッドフォンを外して低い声でそこから降りるよう言ったが、聞こえないふりをされた。
「どうやってあそこから出てきた」
出口のないゴミ箱に捨てたはずの存在なのだ、この男は。
「久しぶりに再会したのに、名前も呼んでくれないって失礼だろ?」
質問に答える気はないようだ。マフラーも外して近寄ると、向こうはやれやれと言いたげな顔で地に降りてきた。
「神様が名付けてくれたんじゃないか。名前を呼んでくれたら質問に答えてやるよ」
この上から物を言う態度もだが、こいつの存在が気に入らない。
深緑色の目が俺の心を見透かすように見つめることすら、俺の心をざわつかせる。
「……シャガ、どうやってあそこから出てきた」
思ったより小さい声で名前を呼ぶと、男は──シャガは、満足なのかニヤリと笑って腕を組んだ。
「答えは単純だよ、出口が無いなら創ればいいだろ? でっかい風穴を開けて出てきたわけ。でも安心していいぜ。中のゴミは全部オレが食べて、オレ以外出てくるモノはないから」
「俺が創った空間に簡単に風穴を開けられるわけないだろう。何かあるだろ」
何かある。そう思って身構えて聞くと、シャガは少し考えるような素振りを見せた後、こちらに走ってきた。
「補足するなら、あの方が手伝ってくれたってだけかな──でも神様は覚えてないだろ? あの方のことを!」
走ってきた勢いのまま顎を狙って回し蹴りを仕掛けてきたが、シャガが仕掛けてくるのはわかっていたため、難なく回避できた。
シャガの言うあの方とは誰のことか、まったくわからない。蹴りを外してもシャガは次々と攻撃を仕掛けてくる。
「オレが出てきてビックリした!? けどオレは神様のダメっぷりにビックリだ!」
「うるさい! それに、あの方って誰のことだ!」
俺の動きを封じたいのか顎や急所を狙ってくるが、回避するくらい難なくできる。
反撃はしたくない。一度ゴミ箱に捨てたが、シャガも例外なく俺が創った存在だ。
「甘い甘ーい砂糖菓子のような思考の神様って、笑っちゃうね。あの方も神様も──お二人とも可哀想だから、オレが一から話してやるよ」
一定の距離をおいて、シャガはため息をついた。
反撃しない俺を残念がっているようにも見えるが、俺が話を聞く姿勢を見せると、その場で足止めてゆっくり口を開いた。
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