第八話
──断ったらいけない。憂いを帯びた目を見た瞬間、直感的にそう思った私は、気づいたらポケットから携帯電話を取り出していた。無言のまま親指を走らせ、文字を打ち込む。
そんな私を不思議そうに見つめる星野くん。パタンと音を立て携帯を閉じた私は、ふぅと一息ついたのち彼に笑いかけた。
「……親にメール送った。“美来たちと打ち上げに行く”って。これで、時間できたよ?」
「そ、そっか……でも、本当に良いの? 実は、ここから少しバスに乗るんだけど……」
「大丈夫。星野くんの行きたいところ、どこにでも一緒に行くから」
親に嘘をついてまで時間を作った私に申し訳ないと思ったのか、眉根を下げる星野くん。
けど、私は「心配しないで」と首を振る。もし後で親に嘘がばれて怒られたとしても、今日だけは彼に付き合うと、そう決めたから。
そんな私の決意を感じたのか「……分かった、ありがとう」と頷く星野くん。
──ほどなくしてバスが目の前に停まり、私たちは並んで一番後ろの席に座った。
バスに揺られ、十分ほど──星野くんが降車ボタンを押しながら「ここだよ」と窓の外を見る。つられて視線を向けると、暗闇の中に見えたそこは海沿いの公園だと分かった。
「ここ、有名な公園だよね……知ってたんだ、星野くん」
「まあね……二人で星を見れる場所、探してたからさ」
何気なく言われた「二人で」という言葉に、ドキッと胸が高鳴る。それってどういうこと──そう聞きたかったが、その前にバスが停まった。目的地に着いたようだ。
「俺のわがままだし、俺が出すよ」
「えっ、でも……」
「いいから。このくらいはやらせて」
席を立つなり私の手から整理券をひょいとつまみ上げる星野くん。奢られる気は全然なかったけど、譲れないといった様子の彼に「分かった。お言葉に甘えるね」と頷く。
バスを降りるなり、星野くんは「着いてきて」と私を一瞥して歩き出す。煩く高鳴る心臓をなんとか抑えながら、私はそれに着いていった──。
「──ここだよ。俺が見つけた、とっておきのスポット」
「うわぁ……すごい。この公園に、こんなところがあったなんて知らなかったよ……」
思わず、感嘆の声が零れる──星野くんに連れられた私は、海沿いから少し離れた小高い丘の上に建てられた、小さな展望台の上に立っていた。
砂浜とは距離があり、車や人が行き来する道路からは絶妙に見えにくい、正に穴場というべきスポットだ。冬の、それも夜の海のため、周りに人の気配はない。
「文化祭で星を題材にするって決めた時から、天河さんと一緒に来ようって思ってたんだ……展示じゃない、本物の星を一緒に見たくてさ」
「うん……すごい、綺麗だね……」
満天の星空と海を一望する光景に、星野くんと並んで柵の前に立った私は高鳴る鼓動も忘れてただ息を飲む──自分がずっと住んでいるこの町に、こんなに美しい景色があるなんて知らなかった。
「っきゃ……!」
不意に、冷たい海風が吹きつける。身体を揺られ思わず声を漏らした私を、星野くんが心配そうに見つめる。
「大丈夫、寒くない?」
「うん……ちょっとだけ、ね……」
「そっか、じゃあ……」
私が冷えた手を擦っていると、星野くんが寄り添うように身体を密着させてきた。驚いたのも束の間、更に私の手を包み込むように握ってくる。
突然の状況にこれまで以上に心臓が高鳴り、頭がパニックになる。しかし、両手から伝わってくるじんわりとした彼の温もりを感じでいるうちに、だんだんと落ち着いていった。
「……これで、寒くないかな?」
「うん……すっごく、暖かいよ」
そう言い笑顔を見せる星野くん──暗闇の中よく見えなかったけど、彼の頬も真っ赤になっているような気がした。私はそれがなぜか無性に嬉しくて、マフラーの下で真っ赤になった顔を隠すことなく微笑みかける。
──このまま、永遠にこの時間が続けばいいのに。
彼の憂いを帯びた青い瞳についてや、昨日なにがあったのかなど、本当は色々聞きたいことがあったし、ここで聞くつもりでいた。けど、彼からそれを口にしない以上、私の方から深追いするのは違う気がしていた。
そしてなにより──今だけはなにも考えず、彼の温もりに身を寄せていたかったから。
「……そろそろ、帰らなきゃ」
──星野くんのその声に、満天の星空と彼の温もりに身も心も預けていた私の意識は一気に現実へと引き戻される。
名残惜しさを感じつつ手を離し携帯を開いてみると、ここにきてから既に三十分が経過していた──少なくとも、その間無言のまま身を寄せあって星空を見つめていたことになる。
「ねぇ、天河さん。最後にもうひとつだけ……俺のわがままを聞いてくれないかな?」
「……なに? 私にできることなら、なんでもいいよ?」
展望台から降りようとした矢先、そう口を開いた星野くん。
どこか緊張しているような表情の彼に、私は優しく微笑みかける──今だけは遠慮しないで、と言外に伝えるように。
「俺のこと、星野……名字じゃなくてさ、名前で……一彦って、呼んで欲しい」
「えっ……!? え、と……ちょ、ちょっと待ってね……?」
思いがけない彼のお願いに、私は目を白黒とさせる──同級生の男子を名前で呼んだことなんて、これまで一度もなかった。しかも、相手はよりによって星野くんだ。
思い出したように煩く高鳴る心臓の鼓動を必死に抑えつつ、私は意を決し彼と向き合った。
「い、いくよ……えーと……っか、かか……一彦、くん?」
つっかえつっかえだけど、なんとか声に出すことはできた。これで満足してくれただろうか──と、彼の表情を伺うと、暗闇でも分かるくらい嬉しそうに笑っていた。
そんな彼を見て、私もつられて笑顔になる。
「ありがとう……じゃ、今度こそ帰ろうか」
「うん。私の方こそ、ここに連れてきてくれて本当にありがとう……一彦くん」
そう言い笑い合った私と彼は、暗闇の中階段を降りるのは危ないからとか、そんな取ってつけたような理由を口にすることなく自然と手を繋ぎ、展望台を後にする。
──勘違いじゃない。私と彼の心は、確かに通じ合っていた。
本当に聞きたかったことは、結局聞けてないけれど。今はそれでも良いような気がした。これから先、もっとお互いに深く知っていけば、いずれ分かることだろうから。
暖かい彼の温もりを胸に仕舞い、私は家への帰路につく。また来週、学校でたくさん話そうね──そう、思いながら。
土日が過ぎ、週が明けた月曜日。
星のような青い瞳の彼の姿は、教室にはなかった──……。
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