第七話
「──〜っんん、疲れたぁー! 長い一日だったねぇ」
「だねー……でも、結構たくさんの人が見にきてくれたし、小学生の子たちも楽しそうだったから良かったよ」
西に傾いた太陽が、渡り廊下を茜色に染める──窓枠に腰を掛け思い切り伸びをする美来。
それを横目に、私は疲労と充実感の入り混じったため息をついた。
──文化祭の全日程が終わり、静寂に包まれた校舎。一年生はとっくに下校し、受験前最後のイベントだった三年生は担任引率で打ち上げに行ったらしい。
そして私たち二年生は──これからどうするか各々で決めるところだ。
「それにしても、今日まで実行委員よく頑張ったね、香織。もちろん星野くんの力もあるだろうけど」
「……そういえば、今まで忙しくってすっかり忘れてたけどさ。私たち、美来に実行委員押しつけられたんだったっけ?」
「げ! あっ……それはそのー……まぁ、結果として上手くいったんだし、良かったんじゃないかな? あは、あはは……!」
半目で睨む私から目を逸らし、誤魔化すように笑う美来。
正直、文句のひとつやふたつじゃ済まないところだけど、実際美来が推薦してくれたおかげで私は彼と一緒に頑張ることができた。そのことについては心から感謝していた──口に出すとまた調子に乗るので、絶対に言わないけど。
「……天河さん」
「っあ……ほ、星野くん……」
不意に、渡り廊下の向こうから声を掛けられる。振り返ると、夕日に照らされた星野くんの姿がそこにはあった。
──今朝とは違う意味で、様子がおかしい。普段の優しげな雰囲気とは全く異なる真剣な表情に、自然と心臓の鼓動が早まっていく。
「今からさ、少しだけ話せないかな……?」
真剣な表情のままそう聞いてくる星野くん。
対して、私は焦りで思考が上手くまとまらず、手汗のにじんだ手をぎゅっと握り締めなんとか声を絞り出した。
「えと、その……っあ、でも私……これから美来たちと──」
「──いーよ、星野くんの頼みを聞いてあげな? 香織は家の用事で帰ったって、私から皆に伝えといたげるからさ」
言いかけたところで美来に言葉を被せられ、そのまま「そういうことだから、行った行ったぁ!」と背中を押される。
たたらを踏むように数歩よろけながら星野くんの前に立った私は、恐る恐る視線を上げた。
──そこには、いつもの優しげな星野くんの顔があった。ほっと一安心し肩の力が抜けると同時に、かあっと顔に熱が集まるのを感じる。
誤魔化すように慌てて顔を背けると、ふっと微笑みを浮かべた星野くんは美来の方へと視線を向ける。
「香織のことよろしくねー、星野くん!」
「ありがとう、白鳥さん! ……じゃ、行こうか天河さん」
「……う、うん」
美来に軽く手を振ったのち、踵を返した星野くん。私は小さく頷き、これからどうなるのかも予想できないまま彼の後を着いていった──。
* * *
「……ごめんね、天河さん。今朝はちょっと集中できてなくて……当日だっていうのに、迷惑かけちゃったね」
陽が沈み始め、薄暗くなりつつある廊下を無言で歩いていると、不意に振り返った星野くんは申し訳なさそうに頭を下げてきた。
「あっ、いや……私は大丈夫だよ、気にしないで。それに星野くん、なにかあったんでしょ……?」
「……まあ、ね」
慌てて首を振る私に、星野くんは眉毛を下げつつも顔を上げ、控えめな笑顔で頷く──勢いに任せて「なにかあったんでしょ」と聞いてしまったが、彼は目を逸らし言葉を濁すのみで、それ以上は口にしない。
私と彼の間に、沈黙が流れる──ここで事情を聞かないと、ものすごく後悔するような気がする。なぜかそう思った私は、すぅはぁと深呼吸したのち意を決し口を開いた。
「っあの、星野くん──」
「──とりあえず、学校の外に出ない? この前みたいに先生に「早く帰れ」って言われる前にさ」
しかし、遮られるように星野くんにそう言われ、口をつぐんでしまう。私は言い直すべきかどうか逡巡したのち「……うん、分かった」と頷いた。
すっかり暗くなった昇降口を抜け、私と星野くんは無言のまま並んで校舎を後にする──これから、彼は私にどんな話をするのだろうか。
ほんの少しの期待と大きな不安が、心の中でぐるぐると混ざり合う。
マフラーの下で小さく唇を噛んでいると、ふとバス停の前で立ち止まった星野くんが口を開く。
「……文化祭、楽しかったね。展示も上手くいったし、全部天河さんのおかげだよ。本当にありがとう」
「ううん、私の方こそ……星野くんにはお礼を言わなきゃいけない。星野くんと二人だったから私は頑張れたし、色々変わることができた……だから、ありがとう」
星のような青い瞳を細め、どこか気恥しそうにお礼を言ってきた星野くん。
けど、本当にお礼を言うべきは私の方だ。はにかみながらぺこりと頭を下げた──そういえば、眼鏡を外した状態で彼と間近で向かい合うのはこれが初めてかも。不意にそう気づき、マフラーの下でまた顔が熱くなる。
耳まで赤く染まった顔を隠すようにマフラーの位置を整えていると、彼はおもむろにバスの時刻表を指でなぞり始める。そしてふぅと息を吐き、私の方を向いた。
まっすぐ見つめてくる、真剣な青い瞳。
ドクンッ、と──心臓が高鳴る。
「──ねぇ。もし、時間あるならさ……今から一緒に、星を見に行かない?」
ひゅう──と、マフラーの下で熱を帯びた私の頬を冷ますように、冷たい北風がバス停の間を吹き抜ける。
星が瞬く寒空の下、そう言って私に微笑み掛けてきた彼の星のような青い瞳は、憂いを帯び揺れているように見えた──。
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