第四話

「──えーと、今月下旬に行われる文化祭に向けて、まずはクラスでの話し合いをまとめるための実行委員を二人ほど決めたいんだが、誰か立候補とかあるか?」


 五時間目の総合の時間、教壇に立った担任の先生がざわつく教室内を見渡しながらそう切り出す──あの瞳と目が合ってから、一週間。やはり頻度が増えているような彼の思い詰めた表情が気になるものの、声を掛けようとする度に怖くなり結局口をつぐんでしまう。


 本当は気のせいかもしれない。勝手に一人で悩んでいるだけなのかもしれない。けど、どうしてもそうは思えなくて。しかし事情を聞けない自分にできることはなにもなくて。


 そんな感じで悶々としているものだから、ここ数日ずっと気分が下がりっぱなしだった。


「実行委員ねぇー……こういうのって、大体回り回って学級委員の私のところに来るんだよなぁ……」


 先生の言葉を受け、ざわざわと言葉を交わすクラスの皆を横目に、机に肘をついてため息混じりにひとり呟く──この手の行事の委員決めで、良い思い出は残念ながら全くない。


 どうせ今回も私がやることになるだろうし、真面目に考えなくていっか……と、どこか投げやりに思考を放棄した矢先、誰かが「はい!」と元気よく手を上げた──あれ、美来?


「お……? いつも授業中は大人しいお前が手を上げるなんて珍しいじゃないか、白鳥」


「ふっふっふ、私だってたまには積極性を見せますよ!」


 意外そうに目を瞬かせる先生に、立ち上がりふんすと自慢げに胸を張る美来。発言するのは良いことだけどさ、総合の時間に積極性を見せてもあんまり意味なくない? ……いや、今回ばかりは意味あるのかな?


 そんなことを考えていると、なぜか美来が後方の席──というより私の方を振り返りにんまりと笑む。あ、これロクなこと考えてない顔だ。嫌な予感を覚えたのも束の間、美来は先生の方へと視線を戻しながら口を開いた。


「私自身が立候補する訳じゃないですけどー、実行委員に天河さんと星野くんを推薦したいですっ! 天河さんは学級委員だし、転入してきたから去年を知らない星野くんにとってうちの行事をよく知るイイ機会かなと思いまして!」


「え……っちょ、はぁ……?」


 美来の言葉に、思わず素っ頓狂な声を上げてしまう。慌てて隣を見てみると、星野くんも驚いたように目を丸くしていた。


「天河と星野か……しかし、星野はうちの文化祭の勝手を知らないからなー……いや、天河と一緒なら心配いらないか?」


 いや、ちょっとなに先生も「アリだな」みたいに頷いてるんですか?

 美来はなんか調子の良い感じに言ってたけど、私はともかく文化祭の勝手を知らない星野くんが実行委員は無理があると思うんですけど!?


 混乱した頭でそんなことを考えているうちに、美来の意見に同調するような声──自分たちに風向きが変わらないうちに決めてしまいたいだけなんだろうけど──が周囲から聞こえ始める。


「確かにさ、天河さんと星野くんなら上手く回してくれそうじゃない?」


「分かる分かる! 天河さんは去年から学級委員でクラスまとめるの上手だし、星野くん頭良いし!」


「てかさー、なんかお似合いじゃないあの二人?」


 あの、なんか実行委員とは関係ないことまで聞こえてくるんだけど……この空気に乗じてあることないこと言われるのも星野くんに悪いし、なにより私がしっかり自分の意見を言わないとこの場が収まらない。


 ──そう意を決して声を上げようとした矢先、他の誰でもない星野くん本人が「はい」と手を上げ立ち上がった。


「なんだかよく分からない流れだけど……俺、天河さんさえ良ければ二人で実行委員やりますよ」


 真面目な表情ではっきりとそう言いきった星野くん。先生やクラスの皆は「おおっ」と拍手をし、私は呆気に取られぽかんとその姿を見上げる。


 星野くんは皆の拍手を涼しい表情で流すと、ふと表情を緩め私の方を向いた──星のような青い瞳に私の姿が映り、自然と胸が高鳴る。


「天河さんは、どうする? 皆が勝手に進めた話だし、無理にとは言わないけど……」


「わっ! 私も……やる! 星野くんと二人で、実行委員やります!」


 ガタッ、と椅子の音を立てながら慌てて立ち上がる。せっかく星野くんが皆の前で「やる」と言ってくれた以上、私が断る理由はない──美来の目論見通りになるのはなんか悔しいけど。


 ちょっと声は上擦っちゃったけど、ちゃんと自分の意思を言葉に出すことができた。星野くんは「そっか、天河さんと一緒なら心強いよ」と笑う。


 その笑顔で、私の心にじんわりと温かいものが広がっていくのを感じた──あぁ、やっぱり。彼には笑っていて欲しい。思い詰めたような顔をしてほしくない。


「よーし、それじゃ決まりだな。天河、星野、文化祭に向けてよろしく頼んだぞ!」


 先生の言葉に、再びクラスの皆から拍手が起こる。中には私たちを冷やかすような言葉を口にしている人もいるが、全然気にならなかった。私の方こそ、星野くんと一緒ならこれほど心強いことはないから。そしてなにより、気づいたから。


 私は、本当に彼のことが──。


 

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