第二話

 星野くんが転入してきて、はや一ヶ月──綺麗な青い瞳を前髪で隠し、控えめに微笑んでいた彼の印象は、私の中で良い意味で変わっていた。


 ひとつ分かったことは、彼は勉強もスポーツもそつなくこなすということ。特にスポーツはなんでも得意なようで──。


「星野! 今日もサッカーやるだろ? 一緒に組もうぜ!」


「うん、いいよ。やろうか」


「あッ! ちょっと待てよ、お前この前も星野と同じチームだったじゃんか!? 不公平だぞ、今日は俺らの番だ!」


「グッパで分かれるのが一番公平じゃないかな? それより、やるなら早くグラウンドに行こうよ。他のグループに場所取られるかもよ?」


「あっ確かに! 早いとこ行こうぜ!!」


 ──昼休み。複数の男子生徒に囲まれ、賑やかに談笑しながら教室を後にする星野くん。

 彼が、休み時間に身体を動かして遊ぶクラスの男子たちの間で引っ張りだことなっている光景は、もはや見慣れたものだった。


 机に肘をつき、教室から離れていくその後ろ姿をぼーっと視線で追っていると、不意に「どーん!」と背中を叩かれる。驚いて振り返ると、悪戯っぽい笑顔の友だちがそこにいた。


「なにぽけーっとしてんのよ、香織?」


「……美来みくか、びっくりしたぁ」


 眼鏡の奥で目をぱちくりとさせる私に、友だち──白鳥 美来しらとり みくはニシシと笑う。


「それで、また星野くんのこと見てたの? 相変わらず恋する乙女だな、このぉー」


「恋する乙女、って……いつも言ってるけど、そんなんじゃないってば。学級委員として、彼がクラスの皆と打ち解けてくれてホッとしてるだけ」


「星野くんを見てたことは否定しないんだね」


 にんまりとした笑みを浮かべる美来に、思わずため息が出る。

 星野くんのことを気にしているのは事実だけど、それはあくまで自分が学級委員であり席が隣という縁もあるからで、別に美来が言うように彼に恋をしている訳ではない。


 ……最も、こんなことを説明したところで美来からは「照れ隠し」と揶揄われるだけなので言わないけども。


 ──しかし、彼のことでひとつだけなことがあるとすれば、彼はたまに酷く思い詰めたような表情を見せることだった。


 授業中だったり、休み時間だったり。それこそ私や他のクラスの皆と話している時に、ふと思い出したように一瞬だけ見せるその表情。

 星の光の陰る憂いを帯びた青い瞳で、どこか遠くを見つめる──その瞬間だけ、彼は私の理解の及ばないに行ってしまっているような気がして、チクリと胸が痛んだ。


「……ねーぇ! どうしたの、急に黙り込んじゃって? もしかして、私のことそっちのけで星野くんのこと考えてた? 友だちよりも男子かぁ、ハクジョーモノめ」


「──っあ、えと……いや、どう説明したら恋する乙女っていうのを否定でいるか、頭を悩ませてただけ。ていうか、あんまりしつこいとそろそろ怒るよ?」


「あっははは! ごめんって! そんな怖い顔しないでよ?」


 美来の声で、はっと我に返る──いつの間にか、深く考え込んでいたらしい。適当な言葉で誤魔化しつつ、半目を向け頬を膨らませておく。こうすれば、一切反省はしないものの美来は話を切り上げてくれる。

 小学校からの古い付き合いだからこそ、お互いどの程度までなら冗談で済むのか理解しているからだ。


「じゃあ、なにか進展があったら聞かせてね!」


 そう言い残して自分の席に戻っていく美来を苦笑気味に見送り、ふとため息を吐く。

 ──おそらく、彼が時折憂いを帯びた表情を見せることに気づいているのはクラスで私だけ。もしかしたら、彼自身にとっても意識していないことかもしれない。しかし、だからといって放っておくことはしたくない。


 彼が無意識のうちにあんな表情を見せるような心配や悩みごとがあるのなら、それを解決するための助けになりたい。あの憂いを帯びた青い瞳を目の当たりにしてしまった以上、そう思わずにはいられなかった。


(……でも、そんな表情の変化に気づくくらい星野くんのことを見ているってことは……もしかしたら私は、本当に美来の言う通り彼に──)


 

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