アウル アンド ドッグ

 クラッチを切ってギアを踏み込んだそのときだった。一羽の鳥が飛来して私の肩にとまる。


「わわっ!?」


 それは子どものフクロウだ。大きな眼で私を見つめたフクロウが首を傾げている。


「えっと、ひょっとしてキミはわたしのペットだったのかな?」


 私の問いにフクロウはホッホーと答えた。


 勝手に肯定と解釈した私は「うん、そうかそうか。それじゃあ一緒に行こう! バンドメンバーを探しに!」そう言ってアクセルを回して走り出す。

 

 ペットじゃなかったとしても、このフクロウの気まぐれだったとしても、一緒に来るなら拒む理由は何一つない。


 アテもなく風を切って走る。ビル群を抜けて市街地を走る。

 相変わらず人の気配なくて、バスやタクシーが放置されたまま残されている。


 太陽が傾き始めた頃、私はコンビニの駐車場でバイクを停めた。

 すっと目の前を横切ったのは一匹の犬だった。黒い毛並みの秋田犬は少し離れた橋の上で立ち止まり、振り返って私のことを見つめた。


 首輪はしている。けど、野犬化した犬かもしれない。

 

 ワンコはすっと体を反転されて走り出した。

 野犬かもしれないけど、人に慣れている感じだった。もしかしたら誰かに飼われているのかもしれない。

 だから私はワンコの後を追いかけた。


 ワンコはマンションに挟まれた児童公園に入っていき、ドーム型の滑り台の中へと入っていった。


 私はバイクを降りてドーム型の滑り台に近づいていく。


 洞窟のような滑り台の中から灯りが見える。ゆらゆらと揺れている。

 間違いない、人がいる。

 

 ドームの中をのぞき込むと、さっきの黒犬と同い年くらいの少女がいた。


 少女の額にはヘッドライト、彼女は手にしたマイナスドライバーでドームの内壁に何かを刻んでいる。


 ひどく集中していて私の存在には気付いていない。 

 作業の邪魔してしまうかもしれないけれど、声を掛けずにはいられない。

 だって、やっと見つけた人間なのだから。


「あ、あの!」


「わっ! びっくりした!」


 私の声に肩を跳ね上げた少女が私を見る。ヘッドライトに照らされながら私は「わたしとバンド組みませんか!」と告げた。


 すると少女は顔をひどく歪ませて「はあ?」と返してきたので、「わたしとバント組みませんか?」ともう一度告げる。


「な、なんでバンド?」


「この世界はもうすぐ滅んじゃうから、だから誰かと一緒に思いっきり演奏して歌いたいの!」


 前のめりに私を訝るように少女の瞳が上下する。


「……ふーん、ていうかあんた誰? あんたの名前は?」


「名前……、思い出せない……。バイクで転んじゃって、そのときに頭を打ったみたいで記憶喪失になっちゃった」


「そう、大変ね。あたしの名前はマキっていうんだ」


 マキと名乗った彼女は再び作業に戻り、手を動かしていく。


「あなたはここで何をしているの?」


「見ればわかるでしょ? 文字を刻んでいるの」


「文字を?」


「そう、あたしが生きてきた、存在していた証を刻んでいるの」


「どうしてこの場所なの?」


「だって紙とかに書いたらすぐに風化しちゃうじゃん。でも石碑だったらずっと残るんじゃないかと思って、遺跡の壁画とかもそうでしょ? この世界が滅んで文明がなくなっても、いつかまた新しい文明が生まれたら、そのとき誰かが読んでくれるんじゃないかって……」


「ステキだね」


「ふふ、でしょ」


「だからバンド組もうよ!」


「……なんでそうなるのよ、そもそも私、楽器できないし」


「なんでもいいよ、そのドライバーでリズムを刻んでくれるだけでいいから」


「でも……」


「私の演奏に合わせて感じたままにリズムを刻んでよ」


 そう言って私は背負っていたケースからギターを取り出した。


「あんたギター弾けるの? 記憶喪失なんでしょ?」


「記憶がなくてもできそうな気がする」


「なにそれ」


「だってそういうのは体が覚えているものでしょ」


「まあ、そうかもね」マキはくすりと笑った。


「あっ!」


「わっ! 今度はなに?」


「いま、なんか思い出しそう……。ここまで来ている」


 そう言って私は自分の喉を指差した。


「記憶って喉から出てくるものなの?」


「なんか頭に映像が浮かんだ。これはお母さんがお昼に作ってくれたチャーハン……」


「チャーハン?」


「ああ、なんとかして記憶をつなぎとめないと! どんどん消えてなくなっちゃうよ、曲にしないと、歌にして心と頭につなぎとめないと!」


「即興で演奏するの?」


「うん、だからお願い協力して。リズムを刻んでそのドライバーで!」


「わ、わかった……。曲の題名は?」


「弱パンチチャーハン!」


「なんだそれ、母親に失礼だろ」


「それじゃあ行くよ」


 アンプの電源をオンにして私はギターを掻き鳴らす。メロコア調のリフで始まったイントロが終わると共に歌声を上げる。


〽匂い立つ焦土


「ちょっと待って!」


「いきなりなにさ? 良いところで止めないでよね」


「いや、これってお母さんが作ってくれたチャーハンの歌だよな?」


「そうだけど?」


「匂い立つ焦土っていきなり不穏すぎじゃない?」


「感想は最後まで聞いてから言ってよね」


「う、うん……、なんかごめん」


 私は演奏を再開させる。マキがマイナスドライバーで壁を叩き始める。

 よし、なんか良い感じ!


〽匂い立つ焦土と錆色パンのディスカッション

 飽き飽きのヘビロテ、またかと廊下で嘆く

 すべてが淡く懐かしく甘く混ざる

 今になってあなたの愛を知るのです

 今になれば気付くのです

 今だからこそ築くのです

 だから、もっと味わっておけば、もっと感謝を伝えていれば、もっと喜んでいれば、もっと、もっと、たった一言だったのに

 ああ、あの、あのー、あの焦げたぁ、ラビング焼きそばぁ――


「チャーハンじゃねーじゃん!!!」マキが叫び、やりきった私は「ふーっ」と額の汗を二の腕で拭った。


「なんかやりきってるし! もう一体なんなのよあんた!」


「……いや、なんか最後に焼きそばが頭に浮かんで、うちって土曜日の昼はいつも焼きそばだったからさ、あはははー」


「じゃあ最初から焼きそばソングにしなさいよ! 自由過ぎるでしょ!」


「そう、音楽は自由なの! だから私とバンドやろうよ!」


 私はマキに向かって手を伸ばした。


「……ははっ、それもいいかもね」彼女はおざなりに笑う。


「ほんと?」


「でもそれはできない……。さっきも言ったけどあたしはこれを終わらせないと……。あんたのバンドと同じように、あたしもやりたいの、世界が終わる前に」


「うん、そか、じゃああきらめる」


「偉くあっさりだね」


「デアイとワカレなんてそんなもんでしょ?」


「そうだね、全部刻み終えたらさっきの歌詞も刻んであげる」


「ほんと? やったね!」


「次はどこに行くの?」


「わかんない」


 ホッホー。

 フクロウが東の方を向いて鳴いた。


「あっちだってさ」


「ほんと自由だね……。羨ましいよ」


「しししっ! じゃあね!」


「うん、じゃあね」


 マキと別れた私は再びギターを背負ってモンキーで走り出す。

 バンドメンバーを見つけるために、この終末世界を進む。

 

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終末、バンドやろうよ♪ 堂道廻 @doudoumeguru

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