第4話:社畜の勝利
「あああああ! 落ちる! 落ちるぞ!」 「契約締結はどうしますか!? 合意しないなら、私は死にますが、あなたは魂という成果物をロストしますよ!」
落下する箱の中で、健太は叫んだ。 悪魔は葛藤した。 このままコイツを殺すのは簡単だ。だが、それでは悪魔としての「ノルマ」が達成できない。 しかし、こんな奴の魂を地獄に連れて行ったら、地獄の組合(ユニオン)を組織されてストライキを起こされかねない。 コイツは危険だ。 関わってはいけないタイプの人種だ。
「……くそっ! 分かった! 今回だけだ!」
悪魔はステッキを振り上げた。
「契約は破棄だ! こんな面倒くさい魂、タダでもいらん!!」
カッ!! 眩い閃光が走り、落下の重力が反転した。 エレベーターはふわりと減速し、何事もなかったかのように一階に着地した。
ポーン。 軽快な電子音が鳴り、ドアが開く。 そこには、深夜の静まり返ったオフィスビルのエントランスがあった。
「はぁ……はぁ……」
健太は床にへたり込んだ。 助かった。 生きてる。
「……二度と私の前に現れるな」
悪魔はげっそりとやつれた顔で、捨て台詞を吐いた。 その姿は、入ってきた時の紳士然とした様子とは程遠く、クレーマー対応に疲れ果てた中間管理職のように哀愁が漂っていた。
「金輪際、お前の魂になど手を出さん。地獄のブラックリストに入れてやる」 「あ、どうも。お手数おかけしました」
健太が頭を下げると、悪魔は煙のように消え去った。 後に残されたのは、コンビニに行きそびれた社畜一人。
「……って、やばい!」
健太は跳ね起きた。 スマホを見る。二時半を回っている。
「十五分もロスした! カップ麺買ってる時間ないじゃん!」
彼は慌てて閉まりかけるエレベーターのドアを手で押さえた。 そして、ついさっき死にかけた鉄の箱に、躊躇なく再び乗り込んだ。 四十二階のボタンを押す。
「ふぅ……さて、仕事戻るか」
ウィーンとモーターが唸り、エレベーターが上昇を始める。 その背中は、悪魔よりもなお恐ろしく、そして悲しいほどに逞しかった。
翌朝。 部長に提出された修正案が、完璧なクオリティで納品されたことは言うまでもない。 ただ、そのファイルのプロパティ作成者名が『Sato_Kenta』ではなく『Mephisto_Destroyer』になっていたことだけが、小さな謎として残った。
(了)
悪魔と踊るエレベーター 深渡 ケイ @hiro12224
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