第2話 掃除屋の流儀

 修羅場と化したリビングに、場違いに軽快な電子音が鳴り響いた。

 俺のスマートフォンだ。

 画面に表示された『アヤノ』という文字を見て、俺は小さく息を吐いた。


「……もしもし」

『あ、カイ? おはよう。またナギちゃんとノアちゃんが喧嘩してる声が聞こえるけど』


 電話の向こうから聞こえてきたのは、呆れたような、それでいてどこか楽しげな女性の声だった。

 アヤノ。俺の高校時代の元恋人であり、現在は表向きカフェの店長、裏では情報の仲介屋(ブローカー)をしている腐れ縁だ。


「朝から窓を割られた。修理代を請求書に上乗せしていいか?」

『はいはい、経費で落としとくわよ。……で、仕事の話』


 アヤノの声色が、スッと冷たいものに変わる。


『第4区の廃工場で「ギフト」の暴走反応。ランクはB+。警察の手に余るわ。処理できる?』

「……了解した。すぐに向かう」


 通話を切ると、俺は未だに睨み合っている二人の怪物を見やった。


「仕事だ。着替えろ」


 俺の一言で、部屋の空気が変わる。

 ナギは不満げに頬を膨らませながら包丁を置き、ノアは「ごはん……」と呟きながらも、戦闘モードへと意識を切り替えた。


                ◇


 現場となった廃工場は、異様な熱気に包まれていた。

 ドラム缶が溶け、鉄骨が飴細工のように曲がっている。

 今回のターゲットは、高熱を操る能力者らしい。


「ヒャハハハハ! 燃えろ! 全部燃えちまえ!」


 工場の中央で、炎を纏った大男が叫んでいた。

 全身から火の粉を撒き散らすその姿は、人間というよりは燃え盛る重機だ。


「……うわ、暑苦しい」


 ナギが制服の襟元をパタパタと仰ぎながら、露骨に嫌な顔をする。

 彼女の首輪が、熱を感知して微かに明滅している。


「カイ……だるい。動けない」


 ノアはその場にしゃがみ込んでいた。

 今の彼女はエネルギー切れのポンコツだ。顔色は青白く、指一本動かすのも億劫そうに見える。


 これが、俺のチームの実態だ。

 首輪で力を封じられた妹と、愛を吸わないとただの少女以下の相棒。

 俺を含めて、まともな人間が一人もいない。欠陥品の寄せ集め。


「オラァ! なんだお前らはァ!?」


 大男がこちらに気づき、巨大な炎弾を投げつけてきた。

 轟音と共に、俺たちの立っていた場所が爆ぜる。


「ちっ……!」


 俺は咄嗟にノアを抱えて横に飛んだ。

 ナギもまた、最低限の念動力で炎を弾くが、衝撃を殺しきれずに後方へと吹き飛ばされる。


「きゃぁっ!」

「ナギ!」


 ナギが瓦礫の山に背中を打ち付けた。

 首輪のリミッターが作動している今の彼女では、防御壁を展開するのが精一杯だ。攻撃に転じるだけの出力が出せない。


「ハッ、なんだぁ? ガキと女連れかよ。掃除屋が聞いて呆れるぜ!」


 大男が嘲笑いながら、さらに火力を上げる。

 周囲の温度が急激に上昇する。皮膚がチリチリと焼けるような感覚。

 このままでは、全員黒焦げだ。


 俺は腕の中のノアを見下ろした。

 彼女は虚ろな目で俺を見上げ、弱々しく口を開く。


「カイ……。ほしい……」


 求める声。

 俺は、自身の脳内にあるスイッチに手をかけた。


 ここから先は、俺の仕事だ。

 冷え切った心臓に鞭を打ち、脳内物質を強制的に合成する。

 ドーパミン、オキシトシン、エンドルフィン。

 幸福と愛情を司る化学物質を、致死量ギリギリまで配合し、増幅させる。


 それは、自分自身を騙す詐欺行為。

 吐き気がするほどの欺瞞。


 それでも、引き金を引かなければ、俺たちはここで死ぬ。


「……ああ、分かってる」


 俺はノアの身体を抱き寄せ、その細い首筋に指を這わせた。

 冷たい俺の指先が触れただけで、ノアの身体がビクリと震える。


「準備はいいか、ノア」


 俺は、無表情の仮面を剥ぎ取り――甘く、熱っぽい、恋人の顔を貼り付けた。

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