4. 「待つことのできる幸福」と、怒号

 



 皮肉なことに、現場を最も疲弊させたのは、生死の境を彷徨う重症者よりも、軽症と判定された患者たちへの対応だった。

 

 当時のプロトコルでは、軽症の発熱患者は車内待機が原則。ピーク時には、診察まで五時間を超えることも珍しくなかった。

 

 舞台は真夏の駐車場だ。アスファルトからは陽炎が立ち上り、照り返しが目を焼く。窓を閉め切った車内で、エンジンをかけたまま、終わりに見えない時間を耐え続ける患者たち。彼らにとって、病院の壁の向こう側は完全なブラックボックスだった。

 

「いつまで待たせるんだ!」

「熱があって苦しいのがわからないのか!」

 

 ある時、一人の男性が処置室の重い扉を蹴破るようにして怒鳴り込んできた。熱と怒りで赤黒く染まった顔。剥き出しの敵意が、狭い廊下に反響して耳の奥を刺す。

 

 彼の言い分は正しい。五時間放置される苦痛、忘れられているのではないかという不安。外の世界にいる彼らには、この壁の向こうで起きている「地獄」は見えないのだ。

 

 けれど、彼のすぐ背後、壁一枚隔てた隣の部屋では、酸素飽和度の低下を知らせるアラームが狂ったように鳴り響いている。そこには、肺が真っ白に焼け、自力での呼吸もままならず、家族に見守られることもなく、最後に手を握られることもない患者がいるのだ。

 

 私たちは、命の順番を決めなければならなかった。

 

「自分で歩いて、ここまで怒鳴り込みに来られる。それは、あなたがまだ『大丈夫』だという証拠なんです」

 

 喉元まで出かかったその言葉を、私は必死に飲み込んだ。

 

【軽症】

 医療者が定めるその言葉は、患者にとっては、あまりにも無慈悲だ。酸素吸入を必要としない、自力で呼吸ができている。基礎疾患がなく、健常者。ただそれだけの理由で、彼らは数時間の放置を強いられる。


 たとえ【軽症】であっても、コロナは残酷なまでにきつい。燃えるような高熱にうなされ、肺の奥を掻き毟られるような咳に震え、未知の病への底知れない恐怖に呑み込まれそうになっている。彼らにとって、その一分一秒は、平時の数日分に相当する苦痛だったはずだ。それは、頭では理解できていたはずだった。


 あの環境において、ギリギリまで疲弊していた当時の私にとっては、自分の足で歩ける患者は、それだけで希望の光に見えた。処置室の中には、自力で寝返りさえ打てない、意識の混濁した人々が溢れかえっていたからだ。

 

 けれど、その「幸運」を、外で待つ彼らに理解してもらう術はなかった。

 

「申し訳ありません、もう少々お待ちください」

 

 機械的な謝罪を繰り返しながら、私の心は防護服よりもずっと厚い、無感覚の膜に覆われていった。そうでもしなければ、救えない命と、救いようのない怒りの板挟みになって、自分自身が壊れてしまう。

 

 外からの罵声を聞き流し、内側からのアラーム音に神経を研ぎ澄ます。

 

 あの時、私たちは医療従事者である前に、感情を殺したトリアージの機械にならざるを得なかったのだ。

 

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