エピローグ.見えない風

 数年後。  リビングには、穏やかな夕日が差し込んでいた。  キッチンから包丁を叩くリズミカルな音が聞こえる。  少し成長した陽が、ダイニングテーブルで宿題を広げている。

「ママ、この計算わかんない」 「ちょっと待ってねー。今、唐揚げ揚げてるから」

 結衣がエプロン姿で顔を出す。  その表情は明るい。目尻に少し小皺が増えたが、それは彼女が泣いて過ごしたわけではない証拠だ。

 部屋の一角には、仏壇がある。  飾られているのは、湊の写真一枚だけ。  優しげな顔で、二人を見守っている。

 あの事故の日。  警察は「信号機が倒壊するという不運な事故」として処理した。  なぜ湊があの場所にいたのか、なぜ突然飛び出して手を振ったのか、誰もその理由を知らない。  ただ、結衣と陽だけは覚えている。  パパが笑顔で手を振ってくれたから、私たちはあそこに走り寄ったのだと。  パパが呼んでくれなかったら、私たちはトラックに轢かれていたのだと。

「できたよー。今日はパパの好物だから、いっぱいお供えしようね」

 結衣が大皿に盛られた唐揚げを運んでくる。  陽が「はーい!」と元気に返事をして、仏壇に手を合わせる。

「パパ、いただきます」

 二人が食卓を囲む。  「いただきます」の声が重なる。  その時、閉め切ったはずのカーテンがふわりと揺れた。  まるで誰かが通り過ぎて、二人の頭を優しく撫でたかのように。

 結衣は箸を止め、虚空に向かって微笑んだ。

「……おかえり、湊」

 返事はない。  けれど、温かい風がリビングを満たしていた。  それは、3分間だけ許された奇跡の余韻。  あるいは、時を超えても消えることのない、愛の形だった。

(了)

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3分間の神様 深渡 ケイ @hiro12224

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