第2話 銀色の悪魔

 路地裏のコインロッカーから回収したのは、掌に収まるほどの小さな金属塊だった。  古い懐中時計のような形状。だが、文字盤はなく、代わりにデジタル表示のパネルと、三つのLEDランプがついている。  『リピーター』。  都市伝説のように囁かれる、過去改変デバイス。

 湊は自宅に戻ると、震える手でデバイスのマニュアル――ペラペラの紙一枚――を読んだ。

 【基本仕様】  1.指定した日時の「3分前」に意識のみ転送される。  2.過去に滞在できるのは3分間のみ。時間が来れば強制的に現在へ帰還する。  3.過去での行動結果は、現在に上書きされる(バタフライ・エフェクトに注意せよ)。  4.バッテリー残量は3回分。充電不可。使い切れば二度と起動しない。

「3分……。十分だ」

 事故が起きたのは、10月15日の17時03分。  17時00分に戻れば、事故までの3分間ですべてを変えられる。  湊は深呼吸をし、ダイヤルを回して日時をセットした。  LEDランプは三つ点灯している。チャンスは三回。

「待っててくれ。必ず、助ける」

 中央のボタンを押し込む。  世界が歪み、視界がブラックアウトした。  脳が裏返るような強烈な吐き気。  次の瞬間、騒音が鼓膜を叩いた。

「――パパ、今日のご飯なに?」

 懐かしい声。  湊は目を見開いた。  夕暮れの交差点。茜色の空。  目の前に、結衣と陽が立っている。スーパーの買い物袋を提げ、信号が変わるのを待っている。  一週間前。あの日の光景だ。  スマホの時計を見る。17時00分。  成功した。

「パパ? どうしたの、急に立ち止まって」

 結衣が不思議そうに振り返る。  湊は泣き出しそうになるのを堪え、叫んだ。

「危ない!!」

 説明している時間はない。  湊は二人に向かってタックルした。  ドンッ、と鈍い音がして、結衣と陽が歩道のアスファルトに倒れ込む。

「ちょっ、湊!? 何すんのよ!」 「痛いー!」

 二人が悲鳴を上げる。  その直後だった。  ゴォォォォオオオオッ!!  猛烈な風圧と共に、巨大な鉄の塊が目の前を通過した。  四トントラックだ。  本来なら二人が立っていた場所を蹂躙し、そのままガードレールを突き破って電柱に激突した。  ガシャーン! という破壊音。ガラス片が飛び散る。

「え……嘘……」

 結衣が腰を抜かして震えている。  助かった。  間一髪だったが、二人は無傷だ。トラックの軌道から外れた。  湊は安堵で膝から崩れ落ちそうになった。  その時、視界の端でデジタルの数字がゼロになった。  3分経過。

 視界がホワイトアウトする。  最後に見たのは、怯えるように抱き合う妻と娘の姿だった。  よかった。これで未来は変わる。

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