遺体袋
「会計、クロム金貨5枚になります」
商人が手をもみ擦りながら言った。
「金貨5枚もするのか?この獣人は」
カウンターを挟み、少女を持ったまま俺は問う。
「人間で男だったらそれくらい出してたが………足元見すぎじゃないのか、それは」
少し苛つきながら言う。
「それは申し訳ございません、旦那。ですが、私の方としてもかなり、その子を手に入れるのに苦労したのでね。これくらいの値段は妥当かと」
「苦労したもなにも、攫ってきただけだろう?」
「それはそうなのですが………あの厳しい検閲をなんとかくぐり抜けたりもしたので。命懸けですよ」
「まあ、それもそうか……」
帝国議会で異種族の入国を全面的に禁止する法案が通ってからは、以前のように奴隷獣人を売買することも禁止された。もし発見された場合、重罪を喰らうだろう。
俺が頼んでいたのは、人間の奴隷なのだが。
「今や獣人は、存在自体が違法なのでね………ひどい話ですがね」
締め切った店内のカーテンから、少しばかりのオレンジ光が差す。
「だから旦那も気をつけてくださいね。あ、もし衛兵とかに見つかっても、うちの店の名前は出さないでくださいよ」
「………いいだろう。獣人でも人間でも良いと言った俺が悪いのもあるしな」
少女を近くの椅子に座らせ、内ポケットに入っている革財布を取り出す。椅子に座った彼女を見て、商人は苦虫をつぶしたかのような顔をした。
「ほら、金貨5枚だ」
「毎度………」
会計を済ませ、少女の方をチラリと見る。
暗闇から出ることができて安心しているのか、顔をごしごしと袖でこすり、泣きやんだ。辺りに飾っている剣や骨董品を不安げに見ている。
「………店主、この娘を隠せるくらいの大きな包布もくれ」
「それはもちろん」
すぐに用意しますのでと少し待たされる。
改めて少女を観察することにした。
地下にいた時は気づかなかったが、着ている服はボロボロで、ひどく汚れていた。
(身長は大体4フィート半、と言ったところだな)
となると、年齢は10〜11歳くらいか。
(少し小さいか………まあ、許容範囲内だ)
まじまじと見つめているのがバレたのか、少女と目が合う。
怯えた目が揺れる。獣耳も垂れ下がる。
(また泣き始めそうだな。不快だからやめてほしいものだが)
すぐにしゃがみ、目線を合わせた。
(苦手なんだが……)
ぎこちなく口角をあげる。必死に笑顔を作る。
が、すぐに無表情に戻る。
(やっぱり無理だな。俺には笑えん)
心の底から笑ったことなどない。そんな俺には笑顔を作るなど到底不可能だろう。
少女はわけが分からず困惑した様子を見せる。逆効果だったか。
とりあえず、名前から聞こう。
「お前、名前は?」
しばらく呆然としていたが、少女は小さな声で
「……ルノア」
と呟いた。
「ルノア、ねぇ……」
Runoa、いや、Lunoa?スペルはどっちだろうか。
「歳は?何才だ?」
「………10才……」
間をおいてルノアはそう答えた。
(10才か………)
10才では、まだまだ厳しい。
(ある程度まで育てないといけないのか)
好都合でもある。小さい頃からしっかりと教育すれば、自分の思うように育つだろう。
「旦那、用意できました」
振り返ると、カウンターには黒い遺体袋が広げられていた。
「なるほど。考えたな、店主」
「でしょう?」
すぐに袋を広げ、ルノアの方へ向き直る。
途端に、再び体をガタガタ震わせる。
「………私をその袋に入れるの……?」
怯えた声色で、おそるおそるそう聞かれた。
「そうだ。バレたらまずいからな」
「嫌………もう暗いのは嫌………」
顔を急速に青ざめながら、また泣き始めた。
「おい店主、お前のせいだぞ。あんな暗い所に閉じ込めておくから」
チッと舌打ちし、俺は商人に文句を垂れる。
「せめて灯りでも置いてやれば良かったのにな」
きまり悪そうに、商人は頭の後ろを掻いた。
(くそっ、面倒だな。子供の泣き止ませ方は知らんのに)
さらに続けて舌打ちする。
「店主、他にバレないような方法とか無いのか?」
「獣耳は帽子で隠すとか、ですかね。そのボロボロの身なりでは怪しまれるので、服も買ってこないといけませんが」
「無理だな。もう服屋のほとんどは閉まってる」
「では………馬車にここまで来てもらうとか」
「あいにく、使用人は一人も雇ってない。それも無理だ」
「意外ですね。旦那ほどの人が、メイドや執事の一人もいないなんて」
「皮肉か?」
「まさか」
少しだけイラッと来たが、こらえた。
結局、遺体袋しか方法は無さそうだ。
再び遺体袋を手に取り、ルノアに向き合った。
「すまんが、これしか方法はない。我慢してくれ」
それを聞いてルノアは目を見開く。
「嫌………もう嫌………」
涙目になり、体を震わす。
(泣くな、本当に不快だから)
拳を握りしめ、語気を強める。
「嫌でも我慢しろ。バレたらお前は殺される身だぞ」
「殺…され……る…?」
「そうだ。殺されたくなかったら、おとなしくここに入れ」
袋を大きく広げる。
それでも、ルノアは動こうとしない。体が硬直しているようだ。
「なんで……殺されるの?……ルノアは悪いことしてないよ……」
「獣人だからだ。獣人は無条件で帝国に捕らえ、処刑されるんだ」
「なんで獣人だと……ダメなの?」
「さあな。それは帝国の人に聞いてくれ」
そう言い、袋を頭から被せた。
「嫌……暗いの嫌ぁ………」
抵抗し、泣き始める。勘弁してくれ。
仕方ないと腹を括る。
俺はポケットから小瓶を取り出し、蓋を飛ばした。
「もういい、これ飲め」
ほらと彼女の口に飲み口を差し出す。
「なに…?…これ………」
「......いいから、飲め」
強引に口を開かせ、中の液体を流し込む。直後、気道に入ったようで、激しく咳き込み始めた。
(少し零したな………まあ、子供には十分だろう)
すぐにルノアは大人しくなり、呼吸がゆっくりになった。
そのまま大きく体を揺らし、バランスを崩す。倒れ込みそうなところをなんとか受け止めた。
「何飲ませたんです?」
「眠り薬みたいなものだ」
すぐに彼女を床に横たえ、遺体袋に足から入れていく。
体がすっぽり入ると、そのまま縄で閉め、袋ごと持ち上げた。
「どうだ?店主。違和感は?」
「特にないですね」
「それは良かった。じゃあ、扉を開けてくれ」
「はいはい。またのご来店を!」
そう言って、袋を抱え、路地へと飛び出した。
遺体袋を両腕で持ちながら、湿った路地の石畳の上を歩く。
先程から人とすれ違うたび、強烈な視線が突き刺さる。露骨に歩く速度が落ちたりする人もいた。
まあ、死体を見て不快に思わない人はいないだろう。
そんな事を考えながら歩みを進める。
「やだ……」
道の隅で、小声で老婦人が漏らす。
(死体は入ってないけどな………まあ、多分獣人でも同じ反応するだろうけど)
歩く速度を速める。家まではあと少しだ。
このまま何事もなく帰れたらいいのだが。
そんな思いとは反対に、目には向こうから歩いてくる二人組の衛兵が映った。
何食わぬ顔で歩き続けた。だんだんと距離が迫る。
すれ違う距離まで来たとき、
「ちょっとすいません」
と声を掛けられた。冷や汗が背筋を伝う。
「なんでしょう?」
そんな様子は隠し、紳士的に受け答えする。
「いえ、遺体袋の中身が気になりましてね。子供のようですが」
「ええ。実は………親戚の子なのですが、親が両方早くして亡くなってしまっていて。私が引き取ったのです」
衛兵は納得したように見えた。が、
「そうですか………念の為、お顔を拝見してもよろしいでしょうか?」
と禁断の質問を投げかけてきた。
「なぜでしょう………?」
「申し上げにくいのですが………袋が動いたような気がして」
「死体が動くわけないじゃないですか」
「そのはずなんですけどね………疑っているわけじゃないのですが、見せてもらうことはできます?」
(無理に決まってるだろ)
さて、どう切り抜けようか。
ここで拒否した場合、確実に怪しまれる。
かと言って、見せたら終わりだ。
いっその事、2人とも口封じしようか。
無理だ、人通りが多すぎる。
買収?
こんな通りの真ん中で?
(どうにもできないな………)
なかば諦めかけていたとき、もう一人の衛兵が助け舟を出してくれた。
「おい、やめろ。この方はフレッド伯爵だぞ!」
「え?この人が?」
「そうだバカ!お前はもう下がれ!」
そう言って疑っていた衛兵を後方へと追いやった。
「失礼しました、フレッド様。あいつには、後で言っておきますので」
(助かった)
思わず息を吐く。
「ああ、大丈夫ですよ。新人なら、そんなものです」
「本当に失礼しました。遺体袋は開けなくていいですので」
「それはどうも。では、ごきげんよう」
そう言って足早に二人から距離を取った。
寿命が縮まる思いだった。本当に焦った。
あんまりのろのろ歩くと、さっきみたいなことが起こりかねない。
(急ぐか)
半ば早歩きで、路地を抜けた。
落ちかけた陽が地面に映る影を長くした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます