主と子

雑木林のほとりにある道に入った時、少しだけ息をついた。ここから自分の屋敷まではすぐだ。

湿った石畳の上を歩く。

屋敷の周りには民家は無く、あるのは雑木林ばかりだ。人気が無い、しんとした静寂。心地良い。


(………………)


遺体袋からじんわりとした体温を感じながら、自分の屋敷の前まで歩く。開け放してある門をくぐり抜け、やっと扉の前に立った。

遺体袋を床にゆっくりと降ろす。ローブの中から鍵を取り出し、そのまま鍵穴へと差し込み、ノブを引く。

開けた扉を片足で押さえ、遺体袋を中へと引きずり込んだ。

足を退け、扉が閉まる。閂を2重に掛けた後、ようやく一息つく。


(とりあえず、誰にも気づかれなかったな)


衛兵に尋問された時はどうなるかと思ったが。


「さて…………」


遺体袋に目を向ける。

心なしか、一定のテンポで胸あたりが上下しているようだった。先程の衛兵はそれを見破ったのだろう。

すぐに遺体袋の紐を切り、布を縦に切り裂いた。幼い獣人の姿があらわになる。穏やかに寝息を立てていて、起きそうにない。


(薬の効き目はそろそろ切れるはずなんだが………)


ルノアの頬を軽くつねる。続けてペチペチと軽く叩いたが、反応はない。


「チッ………子供には強すぎたか」


仕方がないので、しばらく待つことにした。穏やかに寝ている彼女をよく観察する。

整った顔立ちだ。が、幼さがまだ感じられ、かすかに涙の跡が残っている。泣き続けたせいか、少し顔は熱を帯びているかのようだった。

獣耳は力なく垂れ下がっている。灰色の髪も、少し前髪にかかる程度で、残りは横に広がっている。尾は仰向けに寝ているため、確認できない。

少しだけ開いている柔らかそうな唇の間から、少し鋭い牙が覗く。

そして、華奢なその身体をボロボロの服に収めている。

全体的に、幼い子供特有の柔らかい印象を受けた。


(歳は10才と言っていたな………)


少し幼すぎる感じもする。


(それも女児………か)


当初の計画とは少し違うが、まあ、何とかなるだろう。


「………ん……」


そんな事を考えているうちに、かすかなうめき声を上げながらルノアは目を覚ました。薄目でまだ意識がはっきりしていないようだ。

数回まぶたを瞬かせると、ゆっくりとその小さな上体を起こした。

次の瞬間、はっと目を見開き、顔を青ざめさせる。


「………っ、や………」


怯えたような小さな悲鳴とともに後ろへと下がる。


「…………起きたか」


ゆっくりと立ち上がり、彼女を見下ろす。

それを見て、ルノアはさらに肩を震わす。


「やめて………来なぃでぇ………」


とうとう嗚咽とともに再び泣き出してしまった。

すると、自分の中で何かどす黒いものが、体の底から浮かび上がってくるような感覚がした。体の内側がギリギリと軋む。

思い出してはいけないものを思い出してしまいそうだ。

断片的に回帰する黒い記憶。

同時に体中に悪寒が走る。思わず拳を握りしめる。


「…………落ち着け」


そう低く唸る。自分に言い聞かせるように。

尚も泣き続けるルノアに目線を合わせるかのようにしゃがみ、見据える。


「深呼吸しろ。ゆっくり、息を吸って吐くんだ」


はっきりと力強く言う。

それでもルノアは過呼吸気味に肩を上下させる。

勝手に眠らされて見知らぬ場所にいれば、そりゃこうなるだろう。


(…………泣き止んでくれ)


思い切って腕を広げ、抱きしめる。頭の後ろに手を回し、自分の胸へと引き寄せる。小さな身体を包み込んだ。

柔らかな感触。灰色の毛先が頬をチクチクと刺す。


「……っぁ……」


突然抱きしめられ、一瞬ルノアは体を硬直させるが、しばらくすると落ち着いたのか、嗚咽は聞こえなくなった。

そのまましばらくの間、無心で抱きしめ続ける。

今にも折れてしまいそうなほどの華奢な肉体から、力強い鼓動が聞こえてくるようだった。かすかな淡い獣の匂いが鼻をくすぐる。


「……………落ち着いたか?」


抱きしめていた腕をゆっくりと解き、後ろに下がる。

ルノアはしばらく呆然としていたが、やがて小さな声で


「うん………」


と一言頷いた。涙を袖で拭った。


「落ち着いたならよく聞け」


再び立ち上がり、見下ろす。


「さっきも言った通り、俺はお前を傷つけるつもりはない。安心しろ」


呆然と不思議そうにこちらを見上げるルノアに、続けて言う。


「俺はお前を買い取った。つまり、お前は俺の所有物だ」

「しょゆーぶつ………?」

「お前は俺の物と言うことだ」


首を傾げ反復するルノアにそう告げる。


「以後、俺の命令には従ってもらう」


威圧感を滲ませながら、きっぱりと言い放つ。

それを感じとったのか、再びルノアは体を強張らせた。


「ルノアはもう……戻れないの……?」


目を潤ませながらそう質問する。

戻れないの、か。

おそらく、奴隷として売られる前はこの子にも家族がいて、一緒に暮らしていたのだろう。


(可哀想だが………)


事実を話さなければいけない。


「ああ、お前は戻れない。俺の下でこれから生きていくことになる」


目を見開き、分かりやすく動揺する。


「なんで………?」

「お前はもう俺の物だからだ。それに、お前の家族も…………おそらくだが、奴隷として売り飛ばされている可能性が高い」


えっ、とかすれた声を発する。


「おかーさんとかも………ルノアみたいに……?」

「そうだ」


淡々と事実を伝える。


「お前一人が戻ったとしても、もう家族には会えない」


しばらくの間ルノアは指一本動かさなかった。まるで現実を受け入れたくないかのようだった。

だんだんと状況が飲み込めたのか、目元に涙を浮かべる。小刻みに手が震えていた。


(こんな幼い頃から家族と離れ離れとはな)


流石に胸が痛む。

ルノアの頬に一筋の涙が伝った。

本来なら親に保護されるはずの子供。

大人になるまで大切に育てられるはずなのに。


(同情はしよう)


だが、俺の計画には家族は不要だ。

この計画のためには、多少冷酷になる必要がある。

ローブから刺繍入りのハンカチーフを取り出し、彼女の目尻に当てる。


「泣くな。これは命令だ」


しゃくり上げるルノアに冷たく言う。


「お前はこれから俺の従者として生きていくことになる。俺の命令には従ってもらう」


低く鋭くそう言う。喉元にナイフを突きつけられたかのように、ルノアは黙り込んだ。


「お前を生かすも殺すも俺の自由なんだ。できれば殺したくないが………命令に従わなかったりした場合は………」


どうなるかは分かるよな?と威圧しながら言い放つ。


「…………っ………」


声にならない声を出し、こちらを怯えた顔で見つめる。

自分の冷酷な面に嫌気が刺す。


「………ある時は召使い、またある時は護衛として………俺の下につき、絶対服従してもらう。分かったら返事しろ」


しばしの沈黙。

10秒のようにも感じられたし、10分のようにも感じた。

生唾を飲み込み、こちらに顔を向ける。怯えと戸惑いが混ざり合ったような目だ。

まだ迷いも見える。


(お前は………どうするつもりだ)


瞬きせずに真剣に見つめる。

やがて、ゆっくりと口を開いた。


「………やります」


決意のこもったその瞳で見つめ返してくる。


(決意が固まったか)


「………そうか。分かった」


満足気に俺は息を吐き、自然と口角が上がった。


「………よろしく」


そう言って、俺は彼女に手を差し出した。


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三英雄まで上り詰めた俺が、違法な獣人の少女を買ったワケ ゆっきぃだよ @Pixivkarakitayo

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