第3話 後半戦

 カフェから歩いて約五分。私たちはカラオケに到着した。

 この短い移動でもまた二人は手を繋いでいた。慣れてきたのか最初よりもがっしりと握り、二人の距離も近かった。中々いい感じに進んできている気がする。


――隣に座った方が距離近くなるから、隣座れよ!


 二人にメッセージを送っておく。読んでくれるかはもはや分からない。


 カラオケでは、私は会話を盗聴しながら有栖に指示を出す以外特にできることが無い。だいぶ暇だ。私一人だけカラオケの外で待つというのも嫌なので、私も入店した。一人カラオケだ。


「最初、何歌いましょうか……?」


 私はひとり寂しく入室し、イヤホンの音量を調節する。有栖の声が聞こえてくる。


「あ、その前にドリンクバー」

「ああ、そうでしたね」


 私はケチだからワンドリンクにしたが、二人はドリンクバーにしたようだ。


 部屋を出る音、歩く音、飲み物を注ぐ音が順々に聞こえてくる。なんとなく、その全ての音が楽しげに響いているように聞こえる。


「見てください。コカコーラとコカコーラゼロを混ぜました。コカコーラ0.5です」

「無意味じゃん」


 有栖が自慢げに言い、ユウが失笑。

 有栖はドリンクバーを混ぜるのが好きだ。そういう子供らしい事をあえてやるのが好きだし、ユウも有栖のそんな姿が好きで、良く笑う。

 とことん相性が良い。


「どっち先に歌う?」

「どちらでもいいですよ?」

「じゃあじゃんけんだ」


 最初はグーの掛け声とともに、小気味いい良いリズムでじゃんけんが始まる。あいこが二回続き、ユウの勝ち。


「じゃ有栖から」

「はーい」


 さて、私の方から事前に出した指示は、とにかくラブソングを歌いまくる、というものだ。

 安直な戦略だが、こういうのが意外と効いてくる。


 有栖の一曲目は星野源の恋。

 タイトルがド直球。普段あんまり男性ボーカルの曲を歌わないだけに、意味深な感じが出せているのではないだろうか?


 歌いながら、なんかドタドタ動いてる音が聞こえてくる。もしかして踊ってる?

 にしても、相変わらず綺麗な歌声だ。有栖は幼少期からフルートをやっているらしい。音楽のセンスは抜群のようだ。


「おー、有栖、かっこよかったよ」

「ふふ、ありがとうございます」


 歌い終えた有栖をユウが拍手しながら照れくさそうに褒める。

 声しか聞こえない状況だと、二人がどんな表情かも分からないから、もどかしい。ユウの耳が赤くなる瞬間を目撃できないのがもどかしい。どうせ今耳赤くなってるよあいつ。


 このあと、ユウがあいみょんのマリーゴールドを歌い、そのままずっとラブソングを歌い合う時間が続く。

 流行りのアイドルの曲、一昔前の映画の曲、熱い愛を歌った洋楽、昭和の歌姫の熱烈な曲などなど、二人は古今東西様々なラブソングを歌う。

 改めて、この二人の好きな曲の幅広いな、と思う。

 有栖は子供の時から音楽に触れているから、当然知っている曲数も多い。

 ユウは人に勧められた曲を全て聞く。ロックばかり聞いてる私や、流行りに敏感なギャルの友達、前述したように沢山の曲を知っている有栖などから勧められた曲を全部聞くから、プレイリストの曲数が大変なことになっている。




「ちょっと御手洗に行ってきます」

「んー、行ってら〜」


 入室数十分。有栖が離席。

 するとすぐにユウからメッセージが送られて来た。


――やばい

――有栖めっちゃラブソング歌ってる

――さっきとかやばい

――めっちゃこっち見ながら西野カナ歌ってた


 普段から鈍感なユウだが、流石にここまで露骨にラブソングばっかり歌っていると違和感に気付くようだ。


――両思いじゃね?


 両思いの可能性をこちらから匂わせてみる。


――マジ?

――そうかな

――そうだったらいいなー


 このタイミングで有栖からもメッセージが飛んできた。


――ユウちゃんもずっとラブソングを歌ているのですが、、もしかすてこれ、そういう事でいんですか?


 焦っているのか誤字がすごい。そりゃそうだろう。ラブソング歌いまくって意識させようとしていたら、相手も全く同じことをしてきたのだ。そりゃ焦る。


――そういう事じゃない?


――そういう事ですかね?


 これは二人ともお互い両思いの可能性をしっかりと考え始めてくれたんじゃないだろうか?

 なかなか強引な方法ではあったが、ラブソング作戦は成功な気がする。


 ふう、とため息をつき、イヤホンを取る。静寂が訪れる。いい事をしてやったぞという達成感と共に、寂しさが突然おしよせて来た。

 親友の二人がイチャイチャしてる中、それを眺めニヤニヤしている私。彼氏も彼女もいない私。急に虚しくなってきた。

 私もせっかくカラオケ来たんだし歌うか。


 私は一人でリンダリンダを熱唱した。




 そろそろ退室の時間かな、と思いイヤホンを付け直すと、ディズニーの曲を二人で熱唱しているのが聞こえてきた。

 私が一人で熱唱してる間に結構進んでしまったみたいだ。




 会計を終えた二人を追う。

 相変わらず手を繋いでいたが、手の繋ぎ方が恋人繋ぎになっていた。

 どこまで行ったんだ?まさか私告白シーン見逃してないよな?と怖くなる。


「まだ帰るにはちょっと早いしゲーセンとか行こ」

「いいですね!行きましょうか」


 私たち三人はゲーセンがだいぶ好きだ。私はクレーンゲームが大好きで、有栖はレースゲームが好き。ユウはギャルなのでもちろんプリクラが好きだ。

 今日も二人で行くことになったようだ。とは言っても、このタイミングでゲーセンに入るのは私の指示した通りなのだが。


 二人は近くのゲーセンに入って行った。

 しばらく普段のようにレースゲームをやったり、クレーンゲームをして過ごす。


「ヤバい、定価二百円とかのお菓子に五百円使っちゃってる。めっちゃバカだ私」


 お菓子を取るのに苦戦しているユウの背後から、有栖が忍び寄る。


「ユウちゃん、見てください」

「んはっ、何それ」

「そこで取りました」


 有栖は近くの筐体で取ったであろう、超ダサいサングラスをかけていた。

 有栖は自分がこういう事をするとユウにウケるとしっかり自覚している。普段の丁寧さとこういう時の滅茶苦茶さのギャップがウケるとしっかり自覚しているのだ。


 さて、今のところはいつも通りのやり取りだ。特筆するような事も無い。ちなみに二人が遊んでいる間、私は少し遠くでクレーンゲームをしていた。よく分からない雑貨とかを取った。


「有栖〜、次プリクラ撮ろうよ」

「いいですね。なんだかんだ二人で撮るのは初めてでしたっけ?」


 プリクラを撮る流れになった。ここからが本番だ。

 有栖は知識人だが流行には疎い。そのため、ユウが「流行りのポーズだよ」と説明してやれば、どんなポーズでもやってくれるのではないか。距離が近くなるポーズや、恥ずかしいポーズだってユウの頼みなら有栖はやりそうだ。

 そう考えた私は、一昨日ユウにその作戦を伝えておいた。ユウは邪な笑みを浮かべて私に感謝してくれた。

 きっとかなり効果が見込めるだろう。


「有栖、あんま流行りのポーズとか知らないでしょ?」

「そうですね。恥ずかしながら、あまり知りません」

「じゃ、あたしが教えたげる」


 ユウがニヤニヤしながら有栖をプリクラの機体に連れ込む。


 さて、私はここで気付いてしまった。

 プリクラの中って見れないじゃん。という事に。見たかったのに!めっちゃ見たかったのに!

 私は二人が狭い部屋でイチャついてる声を聞くことしかできなかった。


「ポーズ指定されるけど、無視して私と同じポーズしてね」

「はい、分かりました…………なるほど、今はこういうのが流行っているんですね」

「そうそう。次はここをこうして……」

「あの、ユ、ユウちゃん?ちょっと恥ずかしくないですか、これ」

「別にこのくらいみんなやってるから……次もうちょい近付いて〜」

「ちょ、ちょっと距離が近くありませんか?」

「そんな事ないよ大丈夫大丈夫」

「あの、これって……ポーズとして成立しているんですか?」

「まあ流行りってそういうもんじゃん」

「そういうもんですかね……?」


 今頃、有栖は大慌てで頬を赤らめ、ユウの耳は真っ赤になっているはずなのに。それを見れないのが超悔しい。

 後で写真だけ送って貰おう――そう決意した瞬間、もはや自分が二人の恋路の応援というより、二人のイチャイチャを眺める事に熱心になっているという事に気付いた。

 あんまりラブコメ漫画とか読む方じゃなかったけど、こういうのも中々良いものだな。




 有栖が疲れきったような様子で筐体から出てきて、後を追うように満足げなにやけ顔でユウが出てくる。ユウの耳はちゃんと赤くなってた。余裕そうに見えても結構照れてるんだな。


「有栖が暴れるから加工めっちゃ外れてるじゃん」

「それはユウちゃんが強引に……」

「あ、てかもうこんな時間。そろそろ帰らないとじゃない?」

「ああ、そうですね」


 落書きなり加工なりをした後に印刷されたシールを取り、ゲーセンの出口へ向かう二人。その距離はさらに近くなっている。

 恋人繋ぎどころか、腕を組んで歩いている。

 どんどん仲良くなる二人を見ていると、私もニヤニヤが止まらない。ああ、本格的に楽しくなってきた。




 楽しい時間もいつまでも続く訳ではない。

 二人は駅に着いてしまう。幸い二人は家が近いから、まだ解散という訳ではないが、そろそろ終わりだという雰囲気が漂い、寂しげだ。


人でごった返すプラットフォームの中、二人は言葉を交わす。周りがうるさくて耳を澄ませないと二人の会話が聞こえない。


「今日、楽しかったですね」

「んー、そうだね」

「まだ帰りたくないですね」

「そうだね」


 そんな簡素なやり取りのあと、二人の間には静寂が訪れる。何かを言おうとしているのに言葉が出てこない時のような、そういう静寂。


 轟音を立てて電車がやってきた。

 それに乗り込む二人。私は別の車両に乗る。


「結構混んでるね……」

「そうですね」

「危ないから、もっと近く来て」

「ユウちゃん……?」


 何が行われているんだ。隣の車両で。それを目視できないのが心底悔しい。なんでわざわざ人のデートに付いてきたのにこんないい場面を見られないんだ。


「有栖、今日楽しかった?」

「愚問ですね。もちろんです」

「よかった。あたしも超楽しかった」


 私も超楽しかった。役目は(多分)果たせたし、いい物見せて貰えたし。




 しばらくして、電車が止まる。二人の最寄り駅だ。二人が電車を降りるのに合わせ、私も電車を降りた。もうここまで来たら解散するその瞬間まで見届けてやる。


 駅の階段を登り、改札を抜ける。

 腕を組んで歩く二人の間には沈黙が――また、何かを言い出せずにいるような、そういう沈黙が続く。


「じゃあ、ここでお別れ、ですね」

「んー、そうだね」


 会話も無いまま有栖の家が見えてくる。もうそろそろ解散だ。


「ねえ、ユウちゃん」


 そこで、切り出したのは有栖だった。


「……なに?」


 ユウがぎこちなく返す。有栖はユウと組んでいた腕を解き、ユウに向き直る。しかし、続く言葉が口に出せないようだった。しばらく、また沈黙が続く。


「いえ、なんでもありません」


 実際はほんの数秒だが、何分にも思えるほど長く感じた沈黙を破り、有栖が弱々しい声で言った。


「そっか。じゃあ代わりに……私から、良い?」

「……なんでしょうか?」


 一度大きく息を吸って、吐く。

 そしてもう一度軽く息を吸って――


「あたし、有栖の事が好き。恋愛的に。だから、付き合って欲しい」


 表情は強ばっている。弱々しく息を吸ったり吐いたりして、肩が震えている。


 それに対し、有栖は驚いたように目を見開き、そして


「はい」


 ユウの方へ倒れ込むように身体を預け、一言それだけ言った。

 ユウは倒れ込んできた有栖をがっちりと両腕で受け止めた。強ばっていた表情が晴れ渡るように喜びの表情へと変わっていく。


 見れて良かった――本当に、この光景を見れて良かった。最後までついてきて良かった。本当にありがとう。いい物を見せてくれてありがとう。

 私は電柱の陰に隠れながら、そんな気持ちでいっぱいだった。


「では、改めて……今後も、よろしくお願いいたします」

「こっちこそよろしく……ほんとに、今日はありがとう」

「……私、まだユウちゃんのこと帰したくありません」


 抱き合っていた腕を解き、向き合う二人の間、そんな微笑ましい会話が交わされる。

 私だってまだ帰りたくないな、という気持ちにさせられる。


「もー、私だってまだ帰りたくないけど〜」

「じゃあ、もう少し、一緒にいませんか?」

「……え?」

「うちに来てください」


 延長戦が始まろうとしていた。ユウは一瞬戸惑ったのち「うん。行く……」と言った。


「じゃあ行きましょう。せっかくならお母様お父様にユウちゃんの事も紹介しましょう」

「ちょ、それは早くない……?」

「ふふ、冗談です」


 告ったのはユウなのに、今主導権を握っているのは完全に有栖。持ちつ持たれつの良い関係だ。素晴らしい。

 流石に私も家の中に潜入する事はできないから、二人が有栖の家に入るのを見ていることしかできなかった。しかし、音だけはせめて聞いてやる。

 そう思った矢先――プツンと音が切れた。


 ヤバい、有栖がマイクの電源を切った。

 そりゃあそうだ。もう私の役目は終わっているのだから、プライベートのお家デートの内容まで盗聴する権利は私には無い。

 そうだ、私は始めから部外者だったのだ。


 続き見たかったなぁ、と思いながら、私は一人トボトボと帰路についた。

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