第3話 代償の重さ

(抜くな。抜いたら終わる)

 カイの本能が警鐘を鳴らす。  この剣の代償は、ランダムではない。  使用者がその瞬間、**「最も大切に思っている対象」**に関する記憶を根こそぎ奪うのだ。  それは、剣が最大の出力を発揮するために「執着」という不純物を焼き尽くすための機能。

 今、カイの心にあるのは何か。  アイだ。  娘を助けたい。その一心だ。  だからこそ、剣は容赦なく「アイ」を食うだろう。

 ――走馬灯が巡る。

『父さーん! みてみて!』

 三歳のアイ。花祭りの日。花冠を頭に乗せて、満面の笑みで手を伸ばしてくる。  あの日の花の香り。アイの服のミルクの匂い。その重み。温かさ。  妻が病で逝き、男手一つで育てると決めた日の誓い。

『父さん、魔法使えたよ! 小さな火が出たの!』

 七歳のアイ。初めて魔法が発現した日。煤だらけの顔で、目を輝かせて報告してくれた。  あの笑顔を守るためなら、俺は何だってできたはずだった。  いつからだ? いつから俺は、酒に逃げ、過去の栄光にすがり、アイの目を見られなくなった?

『……父さんなんて、いなくなればいいのに』

 さっきの言葉が胸に刺さる。  そうだ。俺はダメな父親だ。学費も払えず、嘘の商売で小銭を稼ぎ、娘に恥をかかせるクズだ。  俺なんかに、父親としての記憶を持つ資格はあるのか?

 ミノタウロスが戦斧を振り上げる。  アイが瓦礫を背に、小さく丸まって震えている。  その目には、涙が溜まっていた。

「父さん……助けて……!」

 その声が、カイの迷いを断ち切った。

「……いいさ」

 カイは血の混じった唾を吐き捨てる。  覚悟は決まった。  いや、最初から決まっていたのだ。  父親が娘を守るのに、理由なんているか。代償なんて関係あるか。  たとえ、その笑顔を二度と思い出せなくなったとしても。  たとえ、明日から俺が、アイにとって「知らないおじさん」になったとしても。

 アイが生きているなら、それでいい。

 カイは背中の布を引き裂いた。  中から現れたのは、白銀の刀身。二十年前と変わらぬ、冷徹で神々しい輝き。  聖剣クロノス。  カイの手が柄を掴む。  その瞬間、脳神経に焼けるような痛みが走った。

「うあ……あああああああああああっ!!」

 契約成立。  代償の支払いが始まった。

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