第2話 偽物の輝き

王都は阿鼻叫喚に包まれていた。  崩れた城壁から、次々と小鬼(ゴブリン)やオークが這い出してくる。悲鳴、爆発音、警鐘の乱打。  カイはアイの手を引き、入り組んだ路地を走っていた。

「父さん、痛い! 手が痛いよ!」 「我慢しろ! 立ち止まったら食われるぞ!」

 前方の曲がり角から、三匹のゴブリンが飛び出してくる。錆びた短剣を構え、涎を垂らして飛びかかってきた。  一般市民なら足がすくむ光景だ。  だが、カイの視界には「スローモーション」のように映っていた。  腐っても元勇者。身体能力と戦闘勘だけは、アルコール漬けの脳にも刻み込まれている。

「しゃがめ!」

 カイはアイの頭を押さえつけると同時に、模造刀の柄にある魔石スイッチを入れた。  『閃光剣(フラッシュ・ブレード)』!  カッ! と刀身が強烈な光を放つ。本来は「かっこいいエフェクト」を出すための機能だが、暗い路地裏では目潰しになる。   「ギャッ!?」 「ただの余興用だと思って舐めるなよ!」

 ゴブリンたちが目を覆って怯んだ隙を見逃さず、カイは踏み込む。  突き。払い。  安物の刀身がひん曲がり、メッキが剥がれ落ちるが、ゴブリンたちの急所を的確に打ち砕いていく。  数秒の早業だった。  三匹の魔物は動かなくなった。

 荒い息を吐くカイ。  ふと視線を感じて振り返ると、アイが目を丸くして立っていた。  そこには、いつもの軽蔑の色はなかった。恐怖に濡れているが、同時に、純粋な驚きと――わずかな尊敬の光があった。

「父さん……すご……」 「……昔取った杵柄ってやつだ」

 カイはニヒルに笑おうとしたが、頬が引きつっただけだった。  嬉しい。  正直、死ぬほど嬉しい。  十年ぶりの娘からの称賛。ずっと欲しかった「父さんすごい」の一言。  借金も、アルコールも、惨めな嘘も、この一瞬のためなら全て帳消しにできる気がした。

「よし、このまま大聖堂の避難所まで……」

 そう言いかけた時だった。  ドスン。  心臓が直接殴られたような重圧が、空から降ってきた。  屋根を砕き、何かが降り立つ。  石畳がクレーター状に陥没し、砂煙が舞う。

 現れたのは、三メートルを超える巨躯。  牛の頭部に、鋼鉄のような筋肉。手には身の丈ほどある戦斧。  ミノタウロス。  だが、様子がおかしい。全身からどす黒い瘴気を噴き出し、眼球がない。空洞の眼窩から、赤い魔力が漏れている。  アンデッド化した最上位種、『ミノタウロス・ゾンビ』。  かつてカイが率いた勇者パーティですら、魔導士と聖女の援護があってようやく倒したレベルの怪物が、なぜここに。

「嘘だろ……」

 カイは後ずさる。  勝てない。  このひしゃげた鉄屑の棒切れで勝てる相手じゃない。

「ガアアアアアアアアアアアッ!!」

 咆哮だけで、周囲の建物の窓ガラスが割れた。  ミノタウロスが戦斧を振り上げる。  標的は、カイではない。その後ろで震える、小さな命。

「逃げろアイ!!」

 カイは前に出た。  死ぬ気で踏み込み、振り下ろされる戦斧の軌道に、模造刀を割り込ませる。受け流す(パリィ)しかない。  だが、重量差がありすぎた。

 バキィッ!!

 模造刀は粉々に砕け散った。  衝撃がカイの全身を貫く。肋骨が数本折れる音。  カイの体はボロ雑巾のように吹き飛ばされ、路地裏の瓦礫の山に激突した。

「ガハッ……!」

 血を吐く。視界が歪む。  体が動かない。  薄れゆく意識の中で、アイの悲鳴が聞こえた。

「父さん!!」

 ミノタウロスが、ゆっくりとアイに歩み寄っていく。  絶望的な光景。  カイの手が、背中の布包みに触れる。  布の隙間から、冷たく、禍々しい金属の感触が伝わってくる。

 『聖剣クロノス』。  魔王を殺した最強の剣。  そして、振るうたびに使用者の「記憶」を食らう、呪いの剣。

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