勇者の剣、一回銀貨5枚で貸します
深渡 ケイ
第1話 王都の裏路地と偽りの英雄
「はい、若様もっと剣を高く掲げて! そうそう、その角度が一番『聖剣』の輝きが映えますぞ!」
王都アルグリアの下層街。汚水と腐った野菜の臭いが混じる路地裏で、剣崎(けんざき)カイは「写し絵の魔道具」を構えていた。 水晶のレンズの先には、派手な服を着た貴族の放蕩息子。彼がぎこちなく構えているのは、刀身に発光石(ルミナス・ストーン)を埋め込み、安っぽい金メッキで装飾された『聖剣クロノス(模造刀)』だ。
「おお! 光った! これぞまさしく魔王を滅ぼした光!」 「さよう。俺が二十年前、魔界の深淵で奴の首を刎ねたときも、そいつはそうやって神々しく輝いておりました」
カイは淀みなく嘘を吐く。三十八歳。無精髭に、ヨレヨレの外套。安酒の臭いを誤魔化すために噛んだ薬草の苦味が、口の中に広がっている。
「へえー、すげえや! おっさん、今はこんな商売してるけど、昔は英雄だったんだな!」 「……まあな。今は平和だから、こうして平和利用してるってわけだ」
魔道具の砂時計が落ちきる。 「はい、お時間です。延長はどうします? あと銀貨二枚で、酒場で自慢できる『討伐証明書(偽造)』もお付けしますが」 「いや、いいや。舞踏会で女の子に見せる絵が欲しかっただけだから。釣りはいらねえよ!」
貴族の息子は銀貨五枚をカイの手に放り投げ、護衛と共に去っていった。 カイは卑屈な笑みを消し、銀貨をポケットにねじ込む。今日の売上、銀貨十五枚。これで今夜も強い蒸留酒が飲める。 模造刀の発光スイッチを切ると、路地裏に本来の薄暗さが戻ってきた。
「……何やってんの。父さん」
心臓が跳ねるような、冷ややかな声。 振り返ると、魔導学院の制服を着た少女が立っていた。剣崎アイ。十歳になる一人娘だ。 軽蔑、失望、諦め。子供とは思えないほど冷めきった瞳が、カイを射抜いている。
「ア、アイ……。いや、これはだな、人助けというか、若者の夢を応援するというか」 「嘘つき」
アイは短く吐き捨てる。 「学院の友達が言ってた。父さんが路地裏で、おもちゃの剣を持ってお金をせびってるって。本当だったんだ」 「違う、これはおもちゃじゃなくてだな、レプリカと言って……」 「今月の授業料、まだ払ってないの知ってる? 教官に言われたよ。除籍処分になるって」
アイが差し出した督促状を受け取ろうと手を伸ばすが、カイの手は震えていた。アルコールが切れてきたせいか、それとも娘の視線が痛すぎるせいか。
「……ごめん。明日、ギルドで換金して必ず払う」 「もういい。父さんなんて、いなくなればいいのに」
アイが背を向け、駆け出そうとした瞬間だった。
グォォォォオオオオオオオッ!!
地響きと共に、石畳が爆ぜた。 王都の空気が一変する。ドブ臭さが消え、代わりに鼻をつくのは、腐った肉と硫黄の臭気。 二十年前、カイが嫌というほど嗅いだ「魔界」の臭いだった。
「え……?」
アイが足を止める。 王都を囲む城壁の一部が崩落し、そこから巨大な「影」が雪崩れ込んできた。緑色の皮膚、丸太のような太さ。オークだ。しかも、ただのオークじゃない。皮膚が赤黒く変色した変異種(ミュータント)。
「スタンピード(大暴走)……!? 馬鹿な、王都の結界はどうした!」
カイの顔色が変わる。 平和ボケした衛兵たちが逃げ惑う中、オークが雄叫びを上げ、近くにあった露店の荷馬車を軽々と引き剥がして投げ飛ばした。 その軌道の先に、アイがいた。
「アイッ!!」
カイの身体が、思考より先に動いた。 手には、発光石仕込みの模造刀。 だが、今のカイにはそれしかない。
「伏せろおおおおっ!!」
カイは娘を突き飛ばし、飛来する荷馬車に向かって模造刀を振り抜いた。 ガギィッ! 金属音が響き、衝撃がカイの腕を痺れさせる。所詮は安物の鉄にメッキをしただけのナマクラだ。刀身がひしゃげ、火花が散る。 それでも、軌道を逸らすことには成功した。荷馬車はアイの数センチ横、石造りの壁に激突して砕け散った。
「と、父さん……?」
腰を抜かしたアイが、信じられないものを見る目でカイを見上げていた。 カイは震える手で、ひしゃげた模造刀を構え直す。 背中には、ボロボロの布で包まれた長い棒状のものを背負っている。その中には『本物』がある。だが、まだだ。まだ抜くわけにはいかない。 あれを抜けば、俺は終わる。
「逃げるぞアイ! 走れ!!」
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