人間界の「最強」戦力(笑)
「兄さん……だと? 馬鹿な、ありえない!」
カイルは、目の前の男――レインの姿を見て、後ずさりした。
記憶の中の兄は、魔力を持たないが故にいつも俯(うつむ)いている、ひ弱な存在だった。
だが、今ここにいる男はどうだ。
全身から、視認できるほどの濃密な紫色のオーラ(瘴気)を噴出させ、ただ立っているだけで、周囲の空気が重く軋んでいる。
「き、貴様は兄さんではない! 魔界の悪魔が化けているのだ! そうだろ!?」
カイルは自分に言い聞かせるように叫んだ。
認めるわけにはいかない。自分がゴミとして捨てた兄が、自分より強くなっているなどと。
「おい、お前たち! 何を呆けている! こいつは王都に侵入した危険な魔族だ! 今すぐ排除しろ!」
カイルのヒステリックな命令が飛ぶ。
それに反応したのは、闘技場の警備にあたっていた王宮近衛騎士団だった。
「御意! 総員、身体強化(ブースト)! 魔族を囲んで叩け!」
騎士団長の号令と共に、全身を魔法の光で強化した精鋭騎士二十名が、一斉にレインへと殺到した。
彼らの持つ剣は、鋼鉄すら両断する業物だ。
観客席から悲鳴が上がる。
だが、レインは動かない。
(……遅いな)
レインの目には、彼らの動きがスローモーションのように映っていた。
魔界で毎日のように襲ってきた「音速の殺人蜂(キラービー)」に比べれば、止まっているも同然だ。
ガギィンッ!!
先頭の騎士が振り下ろした剣が、レインの肩口に直撃した。
しかし。
砕け散ったのは、レインの肉体ではなく――騎士の剣の方だった。
「なっ……!?」
「人間界の武器ってのは、ずいぶんと脆(もろ)いんだな」
レインは退屈そうに呟くと、まるで服の埃(ほこり)を払うかのように、軽く左手を横に振った。
ドォォンッ!
ただの裏拳。
だが、その衝撃波は暴風となって騎士たちを襲った。
二十名の精鋭たちが、鎧ごとめちゃくちゃにひしゃげ、木の葉のように闘技場の壁まで吹き飛んでいく。
壁に激突し、ピクリとも動かなくなる騎士たち。
瞬殺だった。
「ひッ……!?」
カイルの顔が恐怖で歪む。
近衛騎士団が一撃? 魔法も使わずに?
「ええい、役立たず共め! ガンドルフ! お前がやれ! 金はいくらでも払ってやる!」
カイルが観客席のVIP席に向かって叫ぶ。
それに応えて、一人の老魔術師が立ち上がった。
長い髭を蓄えたその男は、国の筆頭宮廷魔術師ガンドルフ。人間界で五指に入ると言われる「爆炎の使い手」だ。
「やれやれ、手のかかる殿下じゃ。……まあよい。あの程度の魔族、儂の極大魔法で炭にしてくれるわ!」
ガンドルフが杖を掲げ、長大な詠唱を始める。
大気中の魔力が渦を巻き、闘技場の上空に、太陽と見紛うほどの巨大な火球が出現した。
「おお! あれぞガンドルフ様の戦略級魔術『獄炎の太陽(インフェルノ・サン)』!」
「さすがにあれを食らっては、どんな魔族もひとたまりもないぞ!」
観客たちが期待の声を上げる。カイルも勝ち誇った笑みを浮かべた。
「ははは! 見たか! これが人間界最強の魔術だ! 消え失せろ!」
「放てェェェッ!!」
ガンドルフが杖を振り下ろす。
巨大な火球が、全てを焼き尽くす熱波と共にレインへと落下した。
ズガァァァァァンッ!!!
闘技場が紅蓮の炎に包まれる。直撃だ。
誰もがレインの焼死を確信した。
だが。
「……あー、ちょっと火加減が弱いな」
炎の渦の中から、呆れたような声が聞こえた。
燃え盛る炎を素手でかき分けて、レインが無傷で歩み出てくる。
服すら焦げていない。
「ば、馬鹿な!? 儂の最大火力が、通用せぬだと!?」
「魔界の執事(イフリート)が淹れてくれる紅茶の方が、まだ熱かったぞ」
レインはつまらなそうに鼻を鳴らすと、足元の小石を拾い上げ――ガンドルフに向かって軽く投擲した。
シュンッ!
空気を切り裂く音がした瞬間。
遥か遠くの観客席にいたガンドルフの杖が、真っ二つに折れ飛んだ。
ついでに、彼の自慢の長い髭も綺麗に剃り落とされる。
「ひ、ひぃぃぃっ!?」
老魔術師は腰を抜かし、泡を吹いて気絶した。
再び、闘技場に静寂が戻る。
レインは、もはや誰も守る者がいなくなったカイルへと、ゆっくりと歩み寄った。
「さて、邪魔者は消えたな。カイル」
レインの足元で、ヘル・ウルフのポチが「次はあいつ食っていい?」と涎を垂らす。
「ひっ、く、来るな! 僕に近づくなぁぁぁ!!」
カイルは無様に尻餅をついたまま、後ずさりする。
その目には、先ほどまでの傲慢さは微塵もなく、ただ純粋な「死」への恐怖だけが浮かんでいた。
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