魔界の王、降臨


 あれから、一年が過ぎた。


 魔界の最奥、かつて魔王城と呼ばれていた場所。

 その玉座には今、一人の人間が退屈そうに頬杖をついて座っていた。


「……暇だ」


 俺、レイン・アークライトが呟くと、玉座の左右に控えていた異形の者たちがビクリと肩を震わせた。

 右に控えるのは、炎の魔神イフリート。

 左に控えるのは、氷の女帝シヴァ。

 かつて「四天王」と呼ばれ、魔界を恐怖で支配していた最強の魔族たちだ。


 今では、俺の忠実な執事とメイドである。


「レ、レイン様! 退屈でしたら、南の湿地帯に湧いたヒュドラの討伐などいかがでしょう!?」

「あいつなら、昨日散歩のついでに結んでおいたぞ。首が絡まって動けなくなってるはずだ」

「なんと……」


 この一年、俺は「帰るための力」をつけるために戦い続けた。

 結果、魔界の生態系は完全に破壊され、再構築された。

 頂点に立つのは、魔王でも邪神でもない。

 魔力ゼロの人間、俺だ。


 俺は立ち上がり、軽く肩を回す。


「十分だ。今の俺なら、世界(カラ)を破れる」


 俺は空間に向けて、右の拳を構えた。

 魔法陣も、詠唱もいらない。

 ただ、体内で核融合のように荒れ狂う「瘴気エネルギー」を拳の一点に凝縮し、解き放つだけ。


「ポチ、おやつは持ったか?」

『ワフッ!(準備万端です、旦那!)』


 足元には、この一年ですっかり貫禄がついた(太った)ヘル・ウルフのポチ。

 俺はニヤリと笑い、何もない空間を――全力で殴りつけた。


 ドォォォォォォォンッ!!


 ガラスが砕けるような鋭い音が、魔界全土に響き渡る。

 拳の先から亀裂が走り、世界に風穴が開いた。

 見えたのは、懐かしい青空と、眼下に広がる白亜の王都。


「行ってきます(・・・・・・)」


 俺とポチは、躊躇なくその穴へと飛び込んだ。


 ***


 一方、その頃。人間界、王都の大闘技場。

 次期国王を決める『王位継承戦』は、クライマックスを迎えていた。


「ははははは! 見よ、この圧倒的な火力を!」


 闘技場の中央で高笑いをしているのは、第二王子カイルだった。

 彼が放った極大の火球が、対戦相手である第五王子の魔法障壁を粉々に打ち砕き、場外へと吹き飛ばす。


「勝者、カイル殿下ーっ!!」


 審判の声と共に、観客席から割れんばかりの歓声が上がる。

 カイルは両手を広げ、観衆の熱狂を一身に浴びていた。


「弱い、弱すぎる! これでは張り合いがないな。他に誰か、この僕に挑む愚か者はいないのか!」


 カイルは傲慢に見回す。

 他の候補者たちは皆、カイルの圧倒的な魔力量に恐れをなし、目を逸らしていた。

 一年前、魔力のない兄を追放してから、カイルの増長は留まるところを知らなかった。


「決まりだな。次期国王は、最強の魔力を持つこの僕、カイル・アークラ――」


 勝利宣言をしようとした、その時だ。


 バリバリバリバリッ!!!


 突如、闘技場の上空で雷鳴のような音が炸裂した。

 誰もが驚いて空を見上げる。


「な、なんだ!?」

「空が……割れている!?」


 真っ青な空に、どす黒い亀裂が走っていた。

 亀裂はメリメリと広がり、そこから毒々しい紫色のオーラが滝のように降り注ぐ。

 その禍々しさに、観客たちは悲鳴を上げて逃げ惑い始めた。


「魔族の襲撃か!? 衛兵、衛兵ーッ!」

「落ち着け! 僕がいる!」


 カイルが杖を構え、震える声で叫ぶ。

 だが、次の瞬間。

 亀裂の中から「何か」が隕石のような速度で落下してきた。


 ズドォォォォォォォォォンッ!!!


 闘技場の中央、カイルの目の前にそれが着弾する。

 舞い上がる土煙。

 衝撃波だけで、カイルは無様に尻餅をついた。


「ぐっ……な、何者だ貴様……!」


 カイルは土煙の向こうに揺らめく人影を睨みつける。

 煙が晴れると、そこには。

 奇妙な黒い服(魔獣の革で作ったコート)を纏い、片手に巨大な狼を連れた男が立っていた。


 男は、周囲のパニックなど気にも留めず、懐かしそうに闘技場を見回している。


「へえ。随分と盛り上がってるじゃないか」

「貴様、誰だと聞いているんだ!」


 カイルの怒声に、男はようやく弟の方を向き――ニコリと笑った。


「久しぶりだな、カイル。一年ぶりか?」

「は……?」


 カイルは男の顔を見て、絶句した。

 記憶にある顔とは、雰囲気が違いすぎる。

 だが、その面影は間違いなく。


「……嘘、だろ? 兄さん……? 魔力ゼロのゴミが、どうして生きている!?」


 会場全体が静まり返る。

 廃棄されたはずの第一王子。

 死んだはずの男が、魔界の瘴気を全身から湯気のように立ち上らせて、そこに立っていた。


「ただいま。俺も混ぜてくれないか? その『王様ごっこ』にさ」


 最強の乱入者が、王都に降り立った。

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