初日

 ◆◆◆


 翌日、早朝に目覚めた私は見慣れない天井が視界に入り飛び起きた。


 そして、ここがレクラム家ではなく神殿であることを思い出し、胸元の服をギュッと握りしめる。


 私――逃げ出すことに成功したんだ。


 客室の扉をノックする音が聞こえ、扉に近づく。昨日、鍵をかけていたから開けなくては、と。


 鍵を開けると、すぐに「お目覚めですか?」と扉越しに尋ねられた。


「はい。おはようございます。ええと……」

「すみません、できれば開けてもらえませんか?」


 急いで扉を開けると、修道女の服を着ている私と同い年くらいの女性がにこっと笑顔で「初めまして」と挨拶する。


「こちらに着替えてください。それと、朝食をお持ちしました」

「ありがとうございます」


 彼女は部屋の中に入ると、テーブルの上に朝食を置いて、黒色の修道女見習いの服も空いている場所に置いた。


「サイズ、違うようでしたら調整しますので」

「私の服……」


 まさかこんなにすぐ用意してもらえるとは思わなかったので、目をパチクリと瞬かせる。


「あなたのその髪色は、目立ちますから」


 私はギュッと自分の髪を握る。ろくに手入れもできていないから、あまり綺麗とは言えない、赤色の髪。


「瞳の色は紫……珍しい色ですが、まぁ大丈夫でしょう」

「あの、あなたは……」

「ああ、そうでした。自己紹介が遅れましたね。私はテレーゼと申します。今日からあなたの教育係です」


 教育係? と首をかしげると、「冷めないうちに食べてください」と朝食を摂るようにうながされた。


 椅子に座り、「では、いただきますね」とスプーンを手にして彼女が持ってきた朝食を口に運ぶ。


 柔らかくて甘い、パン粥だった。


「ロルフ卿が、あなたは胃腸が弱っているだろうから、お腹に優しいものをと進言くださいました。そして、あなたのことはツェーザルさまから聞きました。よく、耐えられましたね」


 温かい食事を口にしたのは何年ぶりだろう。


 こうして優しさに触れたのも……どうしてもっと早く、神殿に保護を求めなかったのだろうかと自分で自分を責めていると、そっと手が握られた。


「虐げられた人の判断力は落ちてしまうと聞いたことがあります。もしよろしければ、お母さまの話を聞かせてくださいな」

「……ありがとう、ございます。母の話を、聞いてくださるのですか……?」

「ええ、もちろんです。ゆっくり話してくださいね。……食べ終えてから」


 こくん、と首を縦に振る。黙々とパン粥を食べて、すべて平らげるとテレーゼは胸を撫で下ろした。


 そして、私は母のことを話した。売られてしまった形見のネックレスは、母の生家から譲り受けたものであることや、幸せだった日々のことを。


 ぐっと喉に言葉が詰まり、ポロポロと涙が溢れてきた。


「あなたはお母さまから、とても愛されていたのですね」

「はい……はい、愛されていたこと、ちゃんと知っています」


 グスグスと泣いている私を、テレーゼはそっと抱きしめる。


「たくさん泣いてください、泣いたら、前を向いていきましょう」

「……はいっ」


 テレーゼにしがみついて、これまでのことを思い出して大泣きし、泣き止む頃にはズキズキと頭が痛くなった。


「失礼しますね」


 ぽぅ、と優しい光が私に降り注がれた。その光が触れると、頭痛がすぅっと消えていき、目を瞠る。


「私は廊下に出ていますので、着替えてくださいね」

「わかりました」


 テレーゼはにこりと微笑んでから客室から出て、パタンと扉を閉めた。


 私はそっと置かれた服を撫でて、着替え始める。


 少し大きいけれど、このくらいなら調整する必要はないだろう。


 髪を結んで、ベールで覆う。こうすればこの髪色も目立つことはない……と思う。


「着替えました」


 扉を開けてテレーゼに伝えると、彼女は私をじっと見て安堵の息を吐いた。


「よかった。ピッタリというわけではありませんが、大丈夫そうですね」

「ありがとうございます」

「では、神殿を案内がてら、食器を下げに厨房へいきましょう」

「はい! お願いします!」


 元気に返事をすると、テレーゼは小さく微笑んだ。姉がいたら、こんな感じなのかしら、と思いつつ、私は食器とバッグを持って彼女のあとをついていく。


 テレーゼは丁寧に神殿のことを説明してくれた。どんな人たちがいるのかも含めて、とてもわかりやすく教えてくれた。


「あの、ロルフをご存じですか?」

「ロルフ……ああ、聖騎士団長ですね」

「……えっ、とてもお若そうに見えましたが……」

「ええ、若いですよ。確か、二十三歳だったかと」


 自分よりも四歳年上だったのか、と目を丸くする。


 そして、その若さで団長の座につくほどの実力者ということ?


 穏やかな顔からは想像もできないくらい、過酷な道を歩いていたのだろうかと想像を巡らせていると、厨房に着いた。


「ここが厨房です。今の時間、ちょっと……いや、かなり賑やかだけど、気にしないでね」

「は、はい……」


 厨房の中に入ると、そこはテレーゼの言う通り、賑やかだった。


「新人さん? 悪いんだけど、皿を洗ってくれない?」

「あ、いまこの神殿を案内して――」

「わかりました! やります!」


 腕まくりをして、私はどこで洗えばいいですか、とテレーゼに尋ねる。


 彼女は肩をすくめて、「私も一緒に」と案内してくれた。

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