出会い
銀色の長髪は朝日を受けて輝き、澄んだ青空を思わせる水色の瞳はまっすぐ私を捉えている。
格好からして、聖騎士団の人だろう。
私は、すっとスカートの裾を持ってカーテシーをした。
「初めまして、騎士さま。どうか、私を神殿に置かせてください」
「……それはどういう?」
ざわざわとした声が耳に届く。彼は辺りを見回し、それから「ついてきてください」と歩き出す。
私は彼についていき、とある部屋に案内された。
「ロルフです。入ってもよろしいでしょうか?」
「どうぞ、入ってください」
扉をノックしてから男性――ロルフが扉を開ける。
中に入るようにうながされ、私は部屋の中に足を踏み入れた。
「おや、かわいいお客さまですね。どうしました?」
「神殿の門の前で悲壮な顔をしていたので、連れてきました」
そんな顔をしていたのかしら……私。
「なにか事情がありそうですね。教えてくださいますか? 時間はたっぷりありますから、お茶でも飲みながら」
私たちはソファに移動して、座るように勧められたため座った。低反発のソファだが、座り心地はとてもよかった。
「この神殿を任されているツェーザルと申します。お名前をお伺いしても?」
「私の名はイルマ……イルマ・レクラムです」
「レクラム……伯爵家の令嬢ですか」
ピクッとロルフの肩が動いた。私をじっと見て、膝に置いた手に視線をやると怪訝そうな表情になる。
「伯爵令嬢……?」
「見えませんよね。自分でも、わかっています」
この格好の私が伯爵令嬢だと信じる人は、いないだろう。
ボロボロの服を身に纏い、手だって押し付けられた仕事で荒れている。ハンドクリームを用意することもできず、令嬢とは思えない手だ。
「神殿に置かせてほしい、というのは……」
「私、レクラム家から飛び出してきたのです。どうしても、あの家にいたくなくて……あのままでは、私の心は凍ってしまうと思ったので……」
ぽつり、ぽつりと自分のことを話し始める。
その内容を聞いて、ふたりは痛ましそうに顔を歪めた。
母が亡くなってからのことを詳しく話すと、「レクラム夫人か……」とロルフが言葉をもらす。
「あなたの母君に、一度お会いしたことがあります。わたしがあなたに祝福を授けたのですよ、イルマ嬢。……ですが、まさかそんなことになっているとは……」
えっ、と目を見開く。目の前の聖職者が、私に祝福を?
「あなたが赤ん坊の頃ですから、覚えていないのは当たり前ですよ」
にこりと人よさそうな笑顔を浮かべる彼を見て、なぜか胸が苦しくなった。
母の話をしてくれたから? あの家では母のことを『いなかった者』として扱っていたから、口にすることができなかった。ただ形見に語りかけるだけで……その形見は、もうこの手にない。
まさか、母の形見にまで手を出すとは思わなかったのだ。
目の前がぼやけている。頬に冷たいものが流れていることに気づいたのは、ロルフがハンカチを差し出したから。
ハンカチを受け取って涙を拭うと、私は自身の胸元に手を置いた。
「なんでもします。掃除でも炊事でも……だから、私を神殿に置いてください!」
真摯な訴えに息を呑むふたり。彼らは顔を見合わせて困ったような顔になる。
「イルマ嬢、簡単に『なんでもする』なんて言わないほうがいいですよ。……ですが、そういう理由なら神殿はあなたを保護しましょう」
その言葉にホッとした。これであの家に帰らなくて済む、と。
「ロルフ卿、客室まで案内をお願いします」
「かしこまりました。では、イルマ嬢、俺についてきてください」
「は、はい」
ロルフが立ち上がり、イルマに手を差し伸べる。その手を取って立ち上がり、ツェーザルに頭を下げた。
部屋を出て、ロルフの背中を見上げる。おそらく、父よりも背が高い。
こんなに背が高い人を初めて見た。
「……あの、ロルフさま」
「イルマ嬢、俺のことは呼び捨てでいいですよ」
「ですが……いえ、では、私のことも呼び捨てでお願いします」
この神殿内では、そういうものかもしれないと思い直し、自身のこともそうするように頼むと、彼は一度足を止めて振り返る。
「わかった。堅苦しいのは苦手なんだ、俺。だから、イルマも気軽に接してくれると助かる」
「えっと、じゃあ……お言葉に甘えて。あの、明日から私、どうすればいいかな?」
「明日、きみと年が近い子を呼ぶから、その人から神殿の説明を受けるといい。今日は、ゆっくり休んでくれ」
「……ありがとう。うん、疲れたからそうさせてもらうね」
レクラム家から逃げて、三日ほど。ピンと張り詰めていた緊張の糸が緩み、その途端眠くなってしまった。
客室について、ロルフがすっとドアノブを指す。
「ちゃんと鍵をかけること。いいな?」
「そうするね。案内ありがとう」
「どういたしまして。それじゃあ、俺はこれで」
「ロルフ!」
去って行こうとするロルフを呼び止めると、「なんだ?」とこちらをじっと見てくる。ずっと義母や義妹たちから見下ろされていたけれど、こんなに温かみを感じるまなざしを注がれるのは初めてだ。
「本当にありがとう。これから、神殿の仲間として、よろしくね!」
「……ああ」
一瞬目を丸くしたロルフは、ふっと表情を和らげて軽く手を振り、去っていく。
その後ろ姿を、ずっと見送っていた。
完全に姿が見えなくなってから、客室の扉を開けて中に入り、鍵をかける。
荷物を置いて、ベッドに座る。こんなに清潔感のあるベッドで眠るのは、いつぶりだろうか。
横たわって目を閉じると、あっという間に眠りに落ちた――。
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