解答
偶然が三度重なれば、それは必然と呼ぶ。
放課後の図書室、窓際の左端から三番目の席。彼女がそこに座る確率は、今月に入ってから百パーセントだった。
「隣、いい?」
彼女は、僕が参考書を開いてからちょうど三分後に現れる。
「どうぞ」
僕は平然を装って視線を落とすが、心拍数はあきらかに上昇し、網膜は文字ではなく彼女の細い指先を追ってしまう。
彼女の「偶然」の作り方は、恐ろしいほど静かで、知的だった。
僕が借りようとした資料の返却期限を把握し、カウンターで鉢合わせる。僕が自販機で微糖のコーヒーを買うのを見て、翌日には「これ、間違えて買っちゃったから」と微糖の缶を差し出す。
「大胆なこと」は何一つしない。ただ、僕の日常の余白に、彼女というピースを一点の狂いもなく嵌め込んでくるのだ。
「これ、解き方教えてくれない?」
彼女が差し出してきたのは、数学の応用問題だった。
彼女の成績なら、こんなもの三分で解けるはずだ。それを承知で、僕はペンを取る。教える間、彼女の腕が僕の腕に触れる。微かに漂う、紙の匂いと、彼女の体温。
「……ここを、こうして」
「ふうん。やっぱり、君に聞いてよかった」
彼女は僕の顔を覗き込み、わざとらしくない距離まで顔を近づける。その瞳には「私はわざとやっているけれど、君はどうする?」という静かな挑発が宿っていた。
僕は、彼女が仕掛けた数々の伏線を、一つずつ頭の中で繋ぎ合わせていく。
席替えで隣になったのも、帰り道の信号待ちで必ず会うのも、イヤホンを半分貸してと言ってきたあの時も。
すべては、僕にこの答えを導き出させるための、丁寧な誘導。
校門を出て、駅へと続く緩やかな坂道。
夕陽が僕たちの影を長く引き伸ばし、二つの影は境界線を失って混ざり合っていた。
今日も偶然鉢合わせ、隣を歩く彼女は、何も言わずに前を見ている。
ここで僕が何も言わなければ、彼女は明日もまた「偶然」を装って僕の隣に現れるだろう。そして僕たちは、永遠にこの心地よい「保留」を繰り返すことになる。
駅の改札前。人混みの中で、僕は足を止めた。
「あのさ」
彼女が振り返る。その表情は、僕が何を言うか、何秒後に言うかまで分かっているかのように穏やかだった。
「ずっと前から、好きだった。……いや、好きだ」
語尾を言い切った瞬間、彼女の唇の端が、勝利を確信したように吊り上がった。
彼女は驚くふりもせず、ただ待ちわびた正解を採点するように、深く頷いた。
「正解」
彼女は、僕が差し出した右手を取り、指を絡ませる。
「私も、君にそう言わせるために、ずっと準備してたんだから」
告白は、僕からだった。
けれどそれは、愛の言葉というよりは、彼女が長い時間をかけて書き上げた完璧な答案用紙への、最後の一行を書き込む作業にすぎなかった。
僕たちの恋は、始まったのではない。
正しく、答え合わせが終わったのだ。
告白は答え合わせ 実験的ツジハシ @mushadon
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