第6話 初陣・廊下の心理戦

1534年(天文3年)


柴田権六・9歳

​日が落ち、柴田家の屋敷に静寂が訪れる────


権六は、父・義勝が書斎から寝所へ移動する正確な時間を、壁越しに漏れ聞こえる『思考の足音』で測っていた。


​『……よし、来た。アイリス!準備はいいか。』


​『いつでもOK!村木くんは既にスタンバイ済み。アンタは、ただ「虎さんとネズミさんの物語」に没頭する演技に集中して。はい、レッツ・プロデュース!!』


​権六は、父の歩みが廊下の曲がり角に差し掛かる直前、村木に向かって大きな声を上げた。


​「村木!やはり納得がいかぬ!なぜ小さなネズミごときが、あの恐ろしい虎を食らおうなどと考えるのだ!」


​廊下の暗がりから、義勝の足音がふっと止まる。権六の能力は父の脳内に鋭いが広がったのを捉えた。


何も知らない​村木は、昼過ぎにも行われた若君の熱心な?に応じる。


娯楽の少ない戦国時代。

この様な言葉遊びを駆使する事で、幼少期に他者とのコミュニケーションを学ぶのである。


「ハハハハハ若、またですか。それはネズミの数が多く、かつ虎が『まさか自分が噛まれる訳が無い』と油断しているからではありませぬか?」


​「ふむ……油断か。清洲の北庭にある大きなネズミの巣……あそこに集まった何十匹ものネズミが、一斉に牙を剥けば、いかに勇猛な虎とて逃げ場はあるまいな。」


​権六は、あえて「清洲」という地名を混ぜ込んだ。


その瞬間、壁を隔てた父の思考がレベルE(迷い)から、爆発的なレベルC(警戒・驚愕)へと跳ね上がる。


​父・柴田義勝の脳内


『……清洲の……ネズミ……? まさか、守護代家側の反信秀派が、密かに動いているという噂のことか?信秀殿(尾張の虎)が今度清洲へ出向く際を狙っているのでは……』


​権六は追い打ちをかけるように、村木に問いかけた。


「村木、もしその虎が死んだら、この森はどうなるのだ?」


​「それは……虎の武力で保っていた秩序が乱れ、他の森からマムシや親タヌキに昇り龍までが入り込み、森は荒れ果てるでしょうな。」


​義勝の脳内の『声』が、もはや悲鳴のように響く。


『……そうだ!織田信秀殿が今もし消えれば尾張は分裂し、隣国の斎藤や松平、そして太守の今川に呑み込まれる……!権六の無邪気な遊び……いや、これは神仏の啓示であるか!!!』


​バタバタと、父の足音が遠ざかっていく。寝所へ向かうはずの父は、踵を返して再び書斎へと走り去った。


おそらく信秀へ対し、清洲へ出向くのは、しばらく様子見をするようにとの、警告の密使を送る算段を始めたのだろう。


​『……ふぅ、やったな……どうだアイリス!』


​権六が心の中で呟くと、脳内でアイちゃんが「合格!」と書かれた看板を掲げて踊り出した。


​『勝家く~ん、お見事!!パパの深層心理に「キーワード」が見事に刺さったわね。これで「織田信秀暗殺計画」という未来は、今この瞬間に回避(アヴァート)されたわ!』


​『……これが、情報操作の力か。てかアイリス……回避で分かるのに何故アヴァートってわざわざ言うのだ?』


『あら嫌だわ、ごめんなさ~い。外国生活が長かった帰国子女風に言いたいだけよ。ウフッ』


『……賢いのは分かるのだが、今一つ尊敬できない……きっとその様なとこであろうな……』


『フン何よ!失礼しちゃうわね!』


騒がしいアイリス​を横目に権六は、自分の手のひらを見つめた。


小さな子供の力なき手。

だが言葉一つで、この国(尾張国)の運命を握る大人の心を動かし、歴史の激流をせき止めたのだ。


村木​「若? どうされました、急に黙り込んで。虎さんはどうなったのです?」


​「……いや、虎は助かったよ。一匹のネズミが、余計なことを喋ったおかげでな。」


​権六は、月明かりに照らされた廊下で少しだけ、冷たい笑みを浮かべた。

​父・義勝はその夜、闇に紛れて信秀の居城へ使者を放つ。


権六の仕掛けた言葉が、見事に一人の英雄の命を救ったのである。


アイちゃんの(マッスル!)な歓喜と共に、権六の軍師としての才能が覚醒を始めた。



命を拾った尾張の虎・信秀と、それを仕掛けた、ネズミ・権六。

ついに、二つの運命が交差する日がやってくる。。。

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