第2話 情報の洪水とステップアップ
1532年(享禄5年)
柴田権六・7歳
5歳で目覚めたテレパシー能力に権六は既に慣れつつあったが、常に頭の中に響く『声』は、彼にとって情報の洪水でもあった。
柴田家の屋敷の中だけでも、40人近い人々の思考が絶えず流れ込んでくる。
『明日の朝餉は何じゃろうか…』
『また旦那様は、あの件でご立腹か』
『裏の畑の作物は、今年の出来はどうなるかのう…』
取るに足らない雑念から深刻な悩みまで、全てが等しく権六の脳裏を占拠した。
『不味いな…このまま全てを聞いていたのでは、自分が思考する暇がない…と言うか…気が狂ってしまう』と本能的に察した。
権六は、この無秩序な情報の中から、必要なものだけを抜き出す訓練を始めていた。
彼はまず、自分の感情と無関係な『声』を(雑音)として分類することを身につけた。
次に(特定のテーマ)を持つ思考をキャッチすると、糸のように手繰る練習をした。
7歳になった権六の関心は既に、武士の世界、すなわち権力と戦争に関する情報へと移っていたのだ。
『よし、この家で一番偉い父上の思考を追い続けよう。』
権六は父・柴田義勝の思考を追うことに集中する。
義勝は尾張守護・斯波氏、そしてその守護代・織田氏(清洲三奉行)に仕える身であり、その思考は常に、権力構造と領地の境界争い、そして今川・斎藤との緊張関係で満たされていた。
権六の心の中で、義勝の声が響く。
『…津島湊の利権は、織田弾正忠家(信秀)が握りすぎている。我ら奉行家は、これに対し、いかにして均衡を保つべきか…』
『…清洲の城下では最近、弾正忠家の者が横暴を働いていると聞く。守護代の権威が揺らいではならん…』
権六は、父の思考を追うことで、自分が生きる尾張国の政治構造を、まるで緻密な地図のように理解し始めた。
彼は、織田家が信秀(弾正忠家)と大和守家(守護代)の間で分裂しつつあること。
そして両者の間にある不信と対立が、表面上の平静の裏で着実に進行していることを、誰よりも正確に把握した。
権六は『これは面白い。理由は分からぬが不信や裏切りといった感情を伴う思考は、なぜだか追うのが容易い…オレの得意技かもしれん。』
彼の中でそれらは(強い音)を発し、情報の洪水の中でも際立っていたからだ。
ある日、織田弾正忠家(信秀)の配下にある、遠縁の武士の思考を、屋敷の外にいながらにして偶然捉えた。
その武士は、弾正忠家の命令で守護代側の家臣に対して密かに、調略を仕掛けている最中だった。
『…成功すれば褒美は確実。これで一家は安泰。守護代側につくなど愚の骨頂…』
権六は、その調略の内容、日時、そして場所まで、その武士の思考から完璧に抜き出した。
その情報は、父の義勝が持っている、公式の情報網には一切載っていない生きた情報である。
権六は7歳にして
『真の情報は、公的な文書ではなく、人の心の中にあるのか…これこそが戦国乱世の真髄では無いか?また一つ勉強になった。裏切り者に感謝だな(笑)』
そして彼は、この情報の網を広げ日々の暮らしの(雑音)の中から、権力闘争の真実という名の『黄金の糸』を紡ぎ出す訓練に熱中していった。
これは幼い権六が単に能力に振り回される段階から、情報の取捨選択(フィルタリング)技術に昇華させた事を意味していた。
『これが完璧に行えれば、次のステップは単に聞き取るだけでなく、相手の次の動きを予測して心理的な誘導を仕掛ける段階に入れるやも知れんぞ…ん?ステップ?何だ?この言葉は?』
権六のテレパシー能力は、ただの超能力ではなく【世界を解読するための道具】へと進化しつつあった。
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