第14話

②紅茶事件とシフォンケーキ


セット客は、電話で来る。

時間も人数も、だいたい決まっている。

流れが読める。


フリーは突然来る。

一人で来て、何も言わずに座る。

その瞬間に、空気が変わる。


だから私は、日を分けている。

縁起がいい日。

縁起が悪い日。


理由は説明しない。

結果だけを見る。



その日、客から紅茶を頼まれた。


ティーバッグを出して、

お湯を注いだ。


いつも通りの手順だった。


運んだ瞬間、

オーナーが言った。


「それ、紅茶じゃないよね?」


一瞬、

何を指摘されているのか分からなかった。


オーナーは続けた。


「お茶と紅茶の違い、分からないの?

お客さん相手なんだからさ」


私は少し考えてから答えた。


「英語で書いてある箱から、出しました」


オーナーは、

「……は?」

とだけ言った。


私は続けた。


「お茶は日本語で、

紅茶は英語だと思いました」


少し、間があった。


オーナーは、

話題を変えるように言った。


「それ、高いやつでさ。

特定のお客さんにしか出さないやつなんだよ」


私は言った。


「じゃあ、

定義から教えてください」


オーナーは、

一瞬だけこちらを見てから、

社員Hの方を向いた。


「この子に分かるように、

教えてやって?」


そう言って、

その場を離れた。



客は何も言わなかった。

卓も止まらなかった。


紅茶は、

そのまま置かれていた。


気づいたら、

オーナーはいなくなっていた。


あとで知った。

あの英語で書かれた箱は、

ルイボスティーだった。



別の日、

オーナーは

シフォンケーキを持ってきた。


市販のものではなかった。


「ちゃんとしたやつだよ」


そう言って、

説明を始める。


マーガリンは使っていないこと。

小麦粉も使っていないこと。

玄米で作られていること。


体にいい、という話だった。


配ったのは、

女性三人だけだった。


理由は語られなかった。


「食べてみて?」


一人が言った。


「モチモチしてますね」


その一言で、

オーナーは少し安心したようだった。


だから、

もう少し話した。


普段から小麦粉を控えていること。

たこ焼きも、

本当は食べないようにしていること。


分かってもらえると、

思ったのかもしれない。


でも、

誰も詳しく聞かなかった。


「楽しみですね」

そう言われて、

話は終わった。



そのあと、

誰もケーキの話をしなかった。


残ったかどうかも、

分からない。


紅茶と同じだった。


説明はされた。

でも、

共有はされなかった。



別の卓で、

リーチが入った。


誰かが、

一瞬だけ黙る。


顔色が、少し変わる。


まだ、

誰も騒がない。


冗談も、

消えてはいない。


でも、

空気は確かに動いていた。


その日は、

縁起が悪い日だった。

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