ハッピーニューイヤー!!!
木曜日御膳
新年はどうぞ、浅草で
「ひっ! まっ、まってくれ、やめ!」
「ハッピーニューイヤーッ!!」
ドゴォッ――
腹の底を殴りつけるような鈍重な衝撃音が、新年になったばかりの浅草の空気を震わせた。
正月の浮かれた笑い声と、屋台の甘い匂いと、寺の線香の煙が入り混じる浅草。
そこから少し外れた場所にある、静かでヤニ臭い浅草六区。
夜になれば人気が少なくなるその通りが、悲鳴と新年を祝う叫びによって、瞬時に凍りついた。
原因は、急に現れた集団だった。
隆起する大胸筋はまるで岩盤のように盛り上がり、二の腕は
極寒の空気をものともせず、彼らはふんどし一丁に
そして、意気揚々と浅草寺から流れてきた観光客たちを、次々と宙へ舞わせた。
「ハッピーニューイヤー!」
「ハッピーニューイヤー!!」
祝詞のように唱えられるその言葉と共に、拳が叩き込まれ、身体が浮き、地面に叩きつけられる。
石畳に落ちる音が、浅草寺の鐘よりも低く、重く響いた。
恐怖で凍りつく観光客たち。
悲鳴を上げかけた女性たちに、今度は筋肉の壁が迫る。
だが――彼らは殴らなかった。
触れもしなかった。
比較的細身の男の一人が静かに目を閉じ、眉間に深い皺を刻み、腹の底から念を練り上げる。
「……出番だ、『豚』ッ! じゃなくて『馬』ッ!」
男の背中から、蒸気と共に半透明の筋肉の分身が、ぬるりと抜け出した。
白い靄は、さらに巨大なパンイチの筋肉ムキムキの
無骨な馬のマスクを頭に被り、身体にはハーネスがギチギチに食い込んでいる。
呼び出した男は、その馬に向けて乗馬鞭を振るった。
「残りのメスどもをだまらせろ! ハッピーニューイヤー!!!!」
透けた腕が、優しく、しかし逃れられぬ力で抱きとめた。
「え……? なに……? 身体が、動か……」
声は途中で途切れ、女性たちの意識は糸が切れたように落ちていく。
金縛り――
いや、馬縛りと言うべきか。
屈強な男たちの「願い」という純度の高すぎる念が、霊的干渉となって現実を縛りつけていた。
「くそ! 男達もそれでやれりゃよかったのに!」
「人数が多すぎるから、仕方ないですよ!」
筋肉ダルマのような男が叫ぶが、一番年が若い青年がどうにか宥める。
「全員眠った。よし、西参道へ運べ!」
一番背の高い男が、確認を終えたのか、全員に指示を出した。
男たちと
「ハッピーニューイヤー!!」
誰にも理解されぬまま、彼らは安全圏へと駆け出していった。
――なぜ、彼らがそんな行動を取っていたのか。時は十数分前に遡る。
古くて汚い元ソープランドの跡地。
封印されていた古の悪霊が、結界の綻びから漏れ出していた。
どす黒い瘴気が、初詣の人波へと這い出そうとするのを、近くでご飯を食べていた彼らは見逃さなかった。
「来る……!」
集団の中でも一番の老漢が低く唸る。
先程足止め程度に掛けた結界が、破れることに気付いたのだろう。
白く長い髪と髭を棚引かせながら、一目散に六区通りへと走り戻る。
悪霊は人間の欲望を好む。
たとえ神聖な神社であっても、新年のこの日だけは様々な人間が集い、結界は瓦解しやすい。
なにより、六区は欲望が渦巻く通りだ。人は少なくとも、その残滓は濃く漂っている。
悪霊ならば、残りカスを少しでも喰らい、寺への結界を破ろうとするだろう。
だからこそ――
この通りで食い止める。
男は拳で、女は
副次的に恐怖という陰の感情も、すでに満ちている。
その時には、欲望とネオンが交錯する「陰」の中心へと、悪霊をおびき寄せた。
霧が渦巻き、異形の輪郭が浮かび上がる。
「いくぞ野郎ども! 筋肉で封じ込めろ!!」
場外馬券場の前に用意していた清酒を頭から被る。
極寒の中、冷え切った酒が骨身に染みた。だが、男たちには使命がある。
「「「オオオオッ!! ハッピーニューイヤーッ!!」」」
今日一番、力を持つ祝詞。
大声で叫び、勝機を高める。
悪霊は文字にならない叫びを上げながら、男たちへと襲いかかった。
かすかなネオンの下、熱い戦いの火蓋が切って落とされる。
法被も褌も粉々になるほどの激闘が始まった。
冬の夜、凍え死ぬほどの冷気を、
筋肉の摩擦熱が、確かに押し返していた。
――そして、浅草の平和は今も。
誰にも知られぬまま、
筋肉たちの拳によって守られている。
(了)
ハッピーニューイヤー!!! 木曜日御膳 @narehatedeath888
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