二話・格ゲーなんて、心の底から嫌いだ

 これまで俺が公式大会に参加して、優勝経験はない。

 それは事実だ。

 しかし、優勝者に負ける一方だったことも、またない。

 どれだけ悪くても何戦かすれば、いくつかは勝ちを拾えるのだ。

 自分の実力が足りていないとは、まったく思っていない。

 前年優勝者とのオンライン対戦勝率だって、四割後半のどこかで集束している。

 五割六割と上げていければ理想だが、突然そんなことにはなりはしない。

 何かが足りない。

 勝つべき時に勝つ何かが。

 百戦して九十九勝する安定した何かより、一戦一勝をもぎ取るには何が必要なんだ。


 勝つためには強くなる必要がある。

 だが、強さとはなんだろう?

 わかりやすいところでは反射神経だ。

 相手の技が来る。全てに反射を返す。


 神速のインパルスと呼ばれた男がいる。

 デビュー時は、その神速としか呼べない反応速度に当時の強豪は次々と倒れて行った。

 だが、そんな彼も未だに優勝経験がない。

 あえて反応させて行動させて、落とす。

 それが出来ればいい。


 反射神経だけでは、目の良さだけでは絶対に足りない。

 おっさんの経験値、なんて物では届かない。


 歴で言えば俺だって大したものだ。

 しかし、この情報化社会の現代では、インターネットに上がっている動画や、オンライン対戦のリプレイ、コメントの集合知など、一人が蓄積した経験以上の密度と濃度が集まって来る。

 ここ最近では公式大会の参加年齢の下限である十五歳も増えてきた。

 経験の差を埋める圧倒的な情報量を活かすのも、また強さだ。


 若干十五歳の若き天才。

 誰もが諦めた弱キャラを、大会の決勝にまでたどり着かせた子供。


 だが、彼もまた一人の最強とは呼べない。

 相手が何をして来るのか、と的確に読んでくる人読みの天才がいる。

 人読みに集中したいから、と大きな武器を手放した、通称竹槍を担いだ天才。

 そんな彼だって。

 そして、あいつだって、そいつだって、俺だって。

 勝負に絶対はなくて、それでも優勝まで辿り着くあいつらと、俺の差はなんだ?


 結局のところ、全てが足りていないからだ。

 強いとされているところが全て足りない。

 反射神経で相手に劣るなら、経験で勝てばいい。

 経験で劣るなら、人読みで勝てばいい。

 人読みで劣るなら、判断力で勝てばいい。

 判断力で劣るなら、発想力で勝てばいい。

 発想力で劣るなら、フィジカルで勝てばいい。

 圧倒的なギフトがある奴は、絶対にそこに縛られる。

 そこが付け込む隙だと思うしかない。

 ……いや、圧倒的な反射神経とか俺も欲しいし、出来のいい頭欲しいよな。

 でも、ないなら仕方ない。

 強く、なろう。


 嫁(俺にガチ惚れで頼めばなんでもしてくれる)の後に、俺は配信で頭を下げた。


「俺、マジ優勝すっからお前ら構えねえわ」


『は?』


『は?』


『は?』


『は?』


 なにこのコメント欄。


「配信は付けておくけどよ。お前らと遊んでやる暇ねえって話な?」


『あのVtuberの配信であんなにデケーこと言ったんだからやれよ。○すぞ』


「あ、はい」


『それよりこっちはデッキレシピ検討してんだよ。邪魔すんな。SAKAMTOさんいます?Zに上げたんで確認してください』


『りょ』


 ほらな?俺のリスナーたちはみんなわかってくれてるわ。


『何遊んでんだ、はよやれ』


「はい」




 あっという間に半年が過ぎた。

 格ゲーにしても大会用のゲームだけではなく、他のゲームにも手を出した。

 FPS、Moba、カードゲーム。

 役に立ちそうな物は全てやった。

 格ゲーで磨けない物も、全て欲しいし必要だ。

 長時間の練習のため、ランニングも始めた。

 体力を付けることが目的というより、体調を維持する目的だ。

 おっさんが運動したところで、体力付いたりしねえんだわ。

 あくまでキープ目的だ。


「センセ、ここリーサルありますかね?」


「あーわかんないか。まぁ君くらいだとそうだよね」


「ころちゅ」


 彼女はまた登録者数を増やしていた。

 肩に力が入っていた彼女が、どこか気安くなったらしい。

 そういうもんなんだろうか。


「ウチ、マジ不思議なんすけど」


 ある日の配信外で、彼女はこう言った。

 どーでもいい雑談。そんな声音だ。


「漫画とかであるじゃないですか。主人公命賭けてるから相手がビビる、みたいなの」


「あるねー」


 お互いにどうでもよさそうな、格ゲーをやりながらのだらだらした雑談だ。


「それ囲碁の話だったんですけどね。いや、マジになってて気合いキメて囲碁打ってるんだから、命くらいフツー賭けてません?それでビビるのなんなんすか?」


「意味わかんないねー」


 お互いに、そんな価値観だった。

 もし命程度で何とかなるなら、普通にくれてやってもいいと思うし、大会の参加者全員が平然と悪魔に魂を売ると思う。

 俺は格ゲーで、彼女は配信で。

 囲碁だって、将棋だって、サッカーだって、小説家だって、音楽だって、なんだって。

 もしも勝利に、目指す場所に指先一つでもかかるのならば、命なんてのは最低限のコストだ。

 身体に気を付けてください、と外から言う気持ちはわかるけれども……ねえ?

 アホみたいな時間使って、バカみたいに全部を切り捨ててやってきてるのに今さら命を惜しむ理由がわからん。

 というか、そもそも命がどうこうで、必要な何かが左右される時点で決定的に弱い。


「悪魔いねーかな。今ならお安いんだけど」


「悪魔はいないか、サボってるか、仕事出来ないかっすね。若くてぴちぴちなウチのところ来ない時点で悪魔大したことないっすわ」


「一理ある」


「そういうわけで、悪魔の力を借りずに公式大会出場資格ゲットしたんで。師匠超えさせてもらいますね」


「マジかよ。先生がすげーよかったんだな」


「生徒もよっぽど可愛くて才能あるいい子なんでしょーね」


 彼女は笑う。

 裏のない笑いだった。

 表ではあまり出ないリラックスした笑いで、彼女が楽しんでくれているようで俺まで嬉しくなってしまって、











 格ゲーなんてこれっぽっちも楽しくもなんともない。

 負ければ死にたくなるほどに苦しい。

 あそこでミスらなければ、不味い流れをどこかで切れていれば、もっと情報を仕入れていれば、回線が悪かったしボタンも反応しなかった。

 負ける理由はいくらでも数えられる。

 そのたびに血反吐を吐くような想いを繰り返している。

 全員死んでしまえばいい、強い奴も弱い奴も世界全てことごとく。

 そうすれば俺だけが、俺だけが勝利出来るのだから。

 格ゲーなんて嫌いだ。

 なんでこんなに苦しいだけの事をしている。

 うっかり勝ってしまった時は、まさに最悪だ。

 何故か勝ってしまっただけで再現性がない。

 同じ事していれば、同じ勝ち方が出来るわけもないのだから。

 勝ちたい。勝利が欲しい。

 優勝賞金はもちろんでかい。

 でも、それより勝てば一年、俺が最強だと名乗れる。それが欲しい。

 勝ちたい。勝ちたい。勝ちたい。ただ一度の勝利を。

 誰かのためとかじゃなくて、俺のために。

 配信も付けずに、電気も付けずに真っ暗な部屋の中うずくまる。

 まるで岩屋の山椒魚だ。

 無駄に膨れ上がった自尊心を抱えてもがき、どこにも繋がらない真っ暗な道を泳ぐ。

 少しだけ世界を覗いて、普通に生きている人たちを冷笑する。

 本当は普通に生きたかった。

 普通に生きて、普通に働いて、普通に老いて。

 そうすれば、君はもっと泣かずに済んだんだろうか。


「勝たなきゃゴミ以下だ」


 そんなことはない。

 遊びは所詮遊びで、マジになってる方がヤバいって。

 それよか真面目に働いて、真面目に暮らしてる人のが偉いに決まってる。


「クソボケが」


 でも、そうは生きられなかった。

 何度生まれ変わったって、きっと俺はゴミのようにしか生きられない。

 配信やらで少し稼げたからなんだって言うんだ。

 面白い話が出来るわけでも、上手く歌えるわけでもない。人に優しく出来るわけでもない。

 俺はくだらない人間だ。


「それでも」


 勝てば、全てが変わる。

 若くて頭がよくて反射神経があって社交性もあるような、なんでお前ここにいるんだよっていう奴に、俺みたいな何もないおっさんでも勝てば正しい。

 格ゲーなんて、心の底から嫌いだ。

 それでも、勝利が欲しい。

 勝たなきゃいけない。勝って証明しないといけない。

 勝つべき理由が、ある。

 大会まで残り一日。

 俺は、

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