ローワンの奇貨蒐集

雪峰

人魚の鱗

 ローワンが旅行から帰ってきた。子どもみたいなキラキラした瞳で。


 留守の間の街の様子とか、任された仕事の引き継ぎとか、私から話したいことは色々あったけども。

 彼女の楽しそうな表情を見ていると、やっぱり最初に声をかけたい内容はこう決まってしまう。


「ローワン、今回の旅はどうだった?」



 ----

 とっても面白かったよ! ほら、これを見てごらん。何かわかるかい?

 え? そんなに旅先の魚が美味しかったかって……私は魚の味に感動したからと言って鱗の一部を記念に持ち帰ったりしないよ!


 これは人魚の鱗、らしいよ。くれた人がそう言っていた。

 鱗そのものよりも、彼女のエピソードが興味深くて惹かれたんだ。

 これは人魚との交流から始まる話だよ。あ……ありがとう。キミの淹れてくれるお茶はほっとするね。


 そう、それで……私は旅先で、とある民家を訪れたんだ。

 きっかけというのは、ちょっとしたカツアゲ現場を目撃したことだ。路地裏で、若い男性がナイフを持った暴漢に襲われていてね。とっさに助けて家まで送ることにしたんだよ。

 あー……ごめん。キミを心配させるつもりはなかった。うん。無茶はしない。気をつけるよ。


 何より不思議だったのは、その男性の傷がたちどころに癒えるのを目の当たりにしたことだ。

 どういうことかと尋ねても、彼は言葉を発することが出来ないようで、首を振るのみだった。


 彼の住まいは村のはずれにあった。家に着くと女性が飛び出してきて、私に何度もお礼を言った。

 私は好奇心を抑えきれずに尋ねた。私が見たものについて。

 女性は彼の妻だった。彼女は、村人なら周知のことなのでと、事情を話してくれた。


 彼女は村に嫁いできたころ、浜辺で人魚と知り合いになったという。

 余所者として一線を引かれていた彼女にとって、夫と人魚だけが話し相手だったようだ。

 彼女は人魚とひっそり交流を重ねていた。しかし、ある時変化が起こった。


 それが数年前。彼女の夫が、舟での事故で大怪我を負った。

 重症となった怪我を治療する設備など村にはなかった。あとは死を待つばかりとなった彼を救ったのは、人魚の存在だった。


 人魚は彼女の夫の危機を知り、生肝……心臓を彼に捧げたんだよ。

 彼女が夫を心から愛していたことを知っていたから。友人が悲しむところを見たくないから。

 人魚の心臓は、どんな怪我や病気も治療する妙薬。この心臓を食べさせ、愛する人を救ってあげてほしい、と。



 ----

「美談、だね」


 そこまで聞き終えて、私は率直な感想を述べた。

 ローワンが興味を持つくらいだから、何かいわくつきや呪いの類を覚悟していたけど、蓋を開けてみれば夫婦と人魚のいい話ではないか。


 ローワンは黙って紅茶を飲み干している。


「人魚の心臓とか、永続的に傷が治るとかって、信じられないけど。ローワンが見たっていうならそうなんだろうな」

「効果はそれだけではなかったようだ。言語能力の喪失、記憶の喪失。これらも起こっていた」

「え、じゃあ一命をとりとめても旦那さんは奥さんのこと忘れちゃってるの? それに会話も出来なくなったのは、なんか切ないね」


 カップにお代わりを注ぐ。執務室の柑橘の香りが濃くなった。


「いや、彼女たちは幸せそうだったよ」


 ローワンが睫毛を伏せて言う。


「ところで、キミはそこの本棚の三段目の本を読んだことがある?」

「どれ? というか、どうして急にそんな話……」

「そこにあるのは生物学の本だ。他の生物の身体や行動を乗っ取る生物の本もある」


 彼女が淡々と告げる言葉に、思考が固まる。

 それはつまり……ローワンは何が言いたいんだ?

 

「私は違和を覚えたんだ。人魚の心臓……そんなに都合良く人を治癒する奇跡がこの世に存在するのか? と」

「捻くれてるなあ」

「甘い話は疑ってかかる性分でね」


 カップが無音でソーサーの上に戻される。


「彼女の話によると、その後人魚には二度と会えなくなったという。では人魚はどこへ行ったのだろう? 生肝を抜いて、死んでしまったのか?」


 ローワンはちらりと横目で本棚を見た。


「そう思った時、私はそこの本のことを思い出した。それに、記憶や言葉を喪失してしまえば、それはほぼ別人とも捉えられるだろう? だから私は深夜、夫を海辺に呼び出した」

「別人……? 呼び出し……? 待って、私まだ追いついてないから」

「寄生生物というものは、身体全体あるいは一部の器官を宿主の体内に入れることで、身体を乗っ取るんだ」


 待ってよ。

 それじゃ、人魚の献身だと思っていたものは。


「待って、待って待って待って。じゃあローワンが言いたいのって、人魚が旦那さんの身体を乗っ取っ……」

「月明かりの海で、彼はこう言ったよ」



「わたしは大好きな人を『愛する人を失う悲しみ』から救いました。これ以上の幸福がありますか?」



 私は小さく呻いてテーブルに突っ伏した。


 そんな私を見て、ローワンは何が楽しいのか笑っている。


「もう一度言おう。彼女たちは幸せそうだったよ」

「ローワンがそう言うなら、そうでいいよ……」


 私はこの件に深入りすることを諦めた。だってローワンが、追い打ちをかけるかのように次のようなことを言ってきたからだ。


「夫が怪我を負ったという事故、ほんとうに事故だったのかな?」

「やめて考えたくない、怖いから」

「それに妻の方も……どこまで気づいているのか、いないのか、気になるところだね」

「怖いから!」


 ローワンはケースにしまい込まれた宝物を高く掲げ、更に上機嫌になった。


「というわけで、これは元人魚にもらった彼女の鱗というわけ。さーて、どこに飾ろうかな」


 私の友人、ローワンの部屋には、このような奇貨がたくさん並んでいるのである。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ローワンの奇貨蒐集 雪峰 @atalayoata

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画