夏を追いかけて(星 & the City -2)
アイス・アルジ
第1話 夏を追いかけて
★ 竪琴
我々は、微かな電磁波の囁き声を聴いた。ガス状雲のなかにある、小さな星が、スプーンアリス・Xの発した電磁波に答えているようだ。
わたし(ガラ・E・アリス)は、その惑星に一人で探査艇から降り立った。ドアを開くと〝音〟が流れ込んできた。砂浜のような地面を、いっぽ歩くごとに不思議な砂音が響いた。
わたしは、しゃべってみた。
「こちらガラ。いま地上を歩いている。異常なし」
「アーㇺ、アーㇺ、聞こえるか」
……
(――ラーㇺ ――ラーㇺ ――)
わたしの声に反応するかのように、風音が響いた。(誰かいるかい?)あたりを見回す。平坦な地面に隠れるような場所は見当たらない。遠くに銀色に輝く雲が見える。
やはり、生命の兆候は確認できない。薄い大気と砂のサンプルを採取した。またあの不思議な音たち、竪琴が奏でる物悲しい和音の響きが聞こえてきた。探査艇に戻り始めると、それは女性の嘆きのように、さらに悲しく静かな歌声のように聞こえた。わたしは、船を激流に誘い込む〝セイレーンの伝説〟を思い出した。少し不安になったが、探査艇は何事もなくスプーンアリス・Xに戻ぬことが出来た。
解析の結果、この星は僅かな音でも、それに答えるかのように反響し、竪琴のように物悲しく響くようだ。しかし、そのメカニズムは判らない。
★ ランタンの夏
恒星間を旅する〝スプーンアリス・X 〟は、ちょっと変わった惑星を見つけた。
我々は、いま夕闇が迫る星の半球上を通過した。微かな明かりが灯る夏の夜。死んだ黒い太陽の周りを回るこの小さな惑星は、常に宇宙の夜に存在した。しかし死んだ太陽は今でも、熱(赤外線)と極めて僅かな赤い光を発しており、この惑星に熱と夕暮れのような空を与えていた。この星の住人は赤外線が見えるかもしれないので、住人の目にとっては(正しくは、常に夜とは言えないかもしれず)常に昼なのかもしれない。
この惑星の片面は常に太陽の方を向いている。要するに、片面が常に夏(昼)で、もう方片面が常に厳冬(夜)だった。しかし自転軸はかなり傾いており、極域と境界域には季節的な気候周期があった。
我々は、この小ぶりな(かわいい)惑星を〝ランタン〟と名付けた。
衛星軌道上の母船アリスから、わたしの操縦する四人乗り小型着陸用探査艇が下降する。北半球の極域(境界域)に
ランタン人は、地球人に似ており、紳士的な種族であるとの、無人観測結果を得ていた。また、ランタン人は意外にも、地球人と同じような視覚を持ち、可視光を頼りに物を見ているようだ。暗い惑星に住みながら、どうして明るい可視光を好むのか、どうしてこのような目を進化させたのかは、大きな謎の一つだ。目は退化したり、赤外線に頼ったりしてもおかしくないのだから。
この珍しい惑星ランタンの特徴は、太陽に面する半球の中央部は乾燥した広い砂漠地帯で、その周囲を草原地帯と森林地帯がとり囲んでいる(森林といっても背の低い灌木しかないが)。いっぽう、反太陽面は雪と氷に覆われた山岳地帯が多い半球で、生命は住める環境ではない。太陽面の外縁の雪と氷の山を源とする多くの川筋があり、春から夏へ向かう季節には豊富な水が流れ出し、秋から冬へと水量は枯れてゆくようだ。川は湖へつながるか、あるいは、砂漠に吸い込まれるように消えてゆく。
ランタン人は(ランタン語で)〝
この両極地域には四季が有り、暗い太陽が地平線近くから半年かけて天頂の三分の一ほどまで高度を上げる。夏が訪れる。左極が冬の時、右極は夏。夏といっても、あい変わらず空は夕暮れのように暗い。
ランタン人は惑星が球体であること、惑星の自転や公転の法則を理解している。彼らにとって星空は、地球人以上に興味深い観測対象だったにちがいない。左の空に太陽は傾き、右極天にはひときわ明るい〝五芒星〟が回る。夏になると天頂近くに青白い〝目隠し座〟が輝き、逆さまの〝弁慶座〟と対峙する。赤い目を持つ〝ガラガラ座〟が太陽を背に載せ始めると、冬の訪れは近い。左極の空には、七色に輝く〝耳飾り座〟が見えるそうだ。彼らは自分たちのことを〝回星人〟と呼ぶ(これからは、わたしもそう呼ぼう)。
回星人の村はテントのような仮説建築で、遊牧民のように、草の茂る夏を追いかけて、移動して暮らしている。夏は過ぎようとしていた。
これまでの、消極的な接触観察で回星人の生活スタイル、言語などの理解、回星人との接触技術はかなり進展していた。
ある日、わたし達は村に招かれた。家々からは鈍い光が点々と漏れている。風羽により発電された電気が、黄電球のような柔らかな光を灯す。風羽とは風のはためき(振動)を利用した発電装置で、まだ回転式(ローター)発電機はない。暴風のないこの地域に吹いている、発電に適した風のおかげで電力供給は安定している。
回星人はこの電気を使う、電球と小さな暖房器を持っている。しかし、モーターは発明されていない。モーターが発明されれば、産業革命が起こるだろう。
わたし達は、その知識を与える能力があるが、歴史を大きく変えてしまうような可能性がある〝干渉〟は許されていない。やがて彼ら自身の力で、産業革命を成し遂げるだろう(たとえ、どんな未来が待っていようとも)。
わたし達は彼らとのコンタクトに、彼らの伝説〝天の旅人〟を利用した。わたし達を、科学的に、遠くの星から訪れた異星人と理解してもらうことは不可能だ。かつて天の旅人の訪問があり、天の旅人は、この惑星に恵みをもたらしたと伝えられている。
伝説に従い、彼らはわたし達を、好意的に静かに見守っていてくれた。そして、夏の終わりに、今年の恵みに感謝し(分かち合おうと)わたし達を招待してくれた。
わたし達にとっても、彼らの文化を間近で観察できる、またとない機会であった。
おもちゃのように小さな家々、かまどを囲む家族、小さな明かりが灯り、火と調理の匂い。子供たちの笑い声。今の地球では、演出されたキャンプでしか想像できない、わたしには二度と戻ることが出来ない牧歌的生活。身近で暖かな香りに囲まれた幸福。
村の中央広場には、かがり火がたかれ、宴会用の敷物と卓が用意された。卓上には見たことのないご馳走が並び、黄電球の明かりが点々と灯されている。卓の周りを取り囲むように多くの村人が集っている。
わたし達は、長と共に、格の高い役人と思われる一団にうながされ、見事な刺繡の施された厚手の敷物の上に招かれた。客人として。
「旅人の皆さま、ようこそおいでくださいました」
「黒い太陽は、すでに傾き始めました、もうすぐ夏も
「我たちは〝夏の夏〟から、もっと太陽の高い地〝冬の夏〟へ
「今年は、ガラガラが太く育ち、マイマイも沢山とれました」
マイマイは拳大ほどの野生の土貝。ガラガラは回星人にとって、最も貴重なトカゲのような家畜。荷物の運搬用としても使い、その肉と卵は食料となり、内臓からは薬、革と骨も生活材料として利用される。
「回星人のみなさん〝こ
「この村にお招きいただき、ありがとうございます」
「これからも、皆様に天の恵みがありますように」
「我たちは、はるか昔の記憶に残る、天の旅人を再び迎えることが出来ました。これは、我たち村人にとって幸運をもたらすことでしょう」
「さあ、ガラガラの恵みに感謝し、半年に一度の宴を始めましょう」
長による開宴宣言があり、集まった村人たちから、一斉に歓声が沸き起こった。
楽団による、骨で造られた、見たこともない楽器の演奏と太鼓のリズム、ガラガラの背中に乗った若い踊り手による曲芸が披露された。
わたし達は楽しみ、敬意をこめて、ご馳走に手を付けた。食べ物は、事前の成分分析により、食べても問題ないことが分かっていたが、味調整粉を振りかけて食べた。ガラガラの肉はチキンに似ており、おいしかったが、飲み物などは口に合わなかった。
わたし達が帰った後も、宴会は続いた。
探査艇に戻ると、危惧していたことだが、お腹をこわし、翌日からまる一日も寝込んでしまった。
回復し、村のようすを見ると、建物の姿はなく彼らが立ち去った跡だけが残されていた。わたし達も報告書をまとめ、しばらくしたら母船アリスに戻ろう。
数日後、数名の回星人が現れた。村の跡を歩き回り、力なく座り込んだ。どうもようすがおかしい。おいて行かれたのだろうか?
わたしは確認に向かった。そこにいたのは疲れ果て、衣服もボロボロの六名の回星人だった。
「だいじょうぶですか?」
私は一人の頭の近くに跪き、声をかけた。
呼吸は確認できたが、あまりにも疲労しているようすで、声を出すことも出来ないようだ。他の五名も同じ状態だった。
わたしは応援を呼び、探査艇の近くに救護テントを建て、彼らを収容した。回星人用に調整した食べ物を与え、彼らの回復を待った。彼らも我々が天の旅人であると理解し、恐れることはなかった。
話を聞くと、はるか左極域から、時に過酷な朝辺域を超えて来たそうである。途中で半数以上の仲間が倒れ、連れて来たガラガラもすべて尽きてしまったそうだ。小さな惑星とはいえ、ここまで来るのに一年年はかかる旅だっただろう。もっと十分な旅の準備が出来ていれば、これほど仲間を失わなかっただろう。
「我たちの住む左極域は、昨年、百年に一度あるかないかの大寒波〝冬の災厄〟に見舞われた。ほとんどの回星人は生き残れなかった。我たちは、この悲劇を伝えるために、はるか昔から両極を繋ぐ一本の〝回生の道〟を通り、命懸けでやって来た」
気候が安定している両極域といえども、ごくまれに大寒波に襲われるそうだ。
「我たちは、冬の災厄に襲われたとき、反対極の住人に知らせを送りあう。すると多数の回星人が、その反対の極域へ移住し、新たな子孫を増やすことになる。いつか必ず起こる次の冬の災厄を生き延びるために」
やがて、総人口は元のように回復する。
「我たちは、こうして数万年ともいえる世代を生き抜いてきた。もし両極域の住人のバランスが保てなくなれば、我たちは、やがて滅ぶだろう」
(幸い、両極が同時に冬にならないのと同様に、同時に大寒波に襲われることは無い)
「我たちは、いつも夏を追いかけて生きてきた」
ここの住人はもう旅立ってしまった。
「我たち六名は。彼らを追って、冬の夏を目指さなければならない。我たちの冬の災厄を伝え、移住してもらわなければならない。それが我たちの使命だ」
彼らの伝説には続きがあった(さらに遡る)。彼らの遠い祖先は〝目隠し座〟にある天の星からやって来たらしい。もしこれが単なる伝説でなく、彼らが恒星間を移住した太古の記憶であれば、彼らが〝目〟を持っている理由の説明になるかもしれない。
六名は、ほとんどの物資や食料を失っている。このまま彼らを見送って(見捨てて)良いのだろうか? 回星人が片方の極域だけになれば、当面の危機はないとしても、彼らの種は生き残れるだろうか? 細く繋いできた命は途切れる可能性が高いだろう。助けるべきか? しかし、彼らの歴史に干渉することは禁じられている。たとえ、彼らが百年後に亡ぶことになったとしても、それは運命なのかもしれない。
「彼らは滅びる運命なのか、神でなければ、誰にも分らない」
「ここで彼ら六名を助けたとして、彼らの歴史を変えることになるだろうか? 現状を維持するだけではないか?」
(六名を助けたとしても、彼らの運命は分からない。結局は、なにもかわらなのかもしれない)
わたし達も母船アリスへ帰る日がきた。わたし達は、彼らに食料と物資を残し、母船から教えてもらった、先に冬の夏へ向かった村人たちの通ったルートを記した地図を残した。探査艇で六名を運んでやることはできない。これが、わたし達にできる精いっぱいのエールだ。
いつか、この惑星に戻ってきたとき、また彼らに会えるだろうか、それは産業革命を果たし、テクノロジーを発展させた姿だろうか、それとも今と同じ、平凡だが幸せな毎日を送っている姿だろうか。
わたし達は、環境学、生物学的観測データ、回星人の社会学や伝説などのデータを記録し、母船スプーンアリス・Xに戻った。
やがて、この惑星〝ランタン〟を離れる時がやってくる。わたしには、また一つ忘れられない星の記憶が残った。彼らは、未来へたどり着くだろうか。我々も我々の未来(が見つかるかもしれない)〝目隠し座〟を目指すことにしよう。
(2026/01/06)
新作として公開しますが、前作「星 & the City」の続編になります。前と同じ設定ですが、時間がたっている(不定期の更新)のため、少し印象が違うかもしれません。話の内容は、独立していますので、別の話として読んでいただいてもかまいません。
よろしければ、前作も……
「星 & the City」https://kakuyomu.jp/works/16818622175425325707
今後のお話は、演劇都市、別の一遍? 目隠し座(今回の続き)で終わるつもりですが、予定は全くの不定期(未定)です。
夏を追いかけて(星 & the City -2) アイス・アルジ @icevarge
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